NaughtⅡ 新しき日常
<K.G 作>
「ねぇ・・・キス・・・してくれる?」
女の甘い声が男の耳に届くと、男は言葉を発さずに口を近づける。女は目をつむって受け入れる。ほどなくして二人は離れる。
「ねぇ・・・もっと〜。」
甘い声が続く。しかし、男は、
「時間、来たから。」
女から離れ、背を向けて歩き出す。少し髪を直してライブハウスの中に戻っていく。中では爆音とともにヴィジュアルに染めた男たちがハードロックを奏でていた。奇声のような歓声や黄色い悲鳴がライブハウスを包み込む。
「さて、そろそろか。」
男は、楽屋に戻る。そこにはバンドのメンバーがすでに揃っていた。
「ユウ、また女か?そろそろやめとけよ。最近あんまりいい評判が出てないんだから。」
「何だよ、ユキヒロ、ひがみか?」
ユウと呼ばれた男はユキヒロに少し突っかかる。ユキヒロは睨みつけながらユウに歩み寄る。ユウは表情を変えずにユキヒロと対峙した。その様子を他のバンドメンバーは不安そうな目で眺めていた。
「だから俺はお前たちと組むのが嫌だったんだよ。」
ドラムのトオルが座っていたイスから立ち上がり、二人を見ながらそうつぶやいた。
「まぁ待て。ユウ、ほんとにこれ以上はバンドの存続に関わってきかねない。頼むからやめてくれ。」
リーダーでベースのコウスケがユウにそう言ってその場を収めようとする。
「あ〜あ〜分かった。やめるよ、やめますよ。」
ユウは適当にあしらうような物言いで答えると、ライブ用の衣装に着替え始める。
「それじゃ、ひと暴れしてきますかね。」
コウスケがそう言ってイスから立ち上がった時だった。楽屋の扉を叩く音が聞こえる。
「ん?本番前に色んなものよこすなって言ってあるのに。」
ユキヒロが楽屋の扉を開けた。そこには一人の少年が立っていた。
「なんだよ、ガキか。」
衣装に着替え終わったユウがその少年を見ながら悪態をつく。少年は合羽のように頭まで布をかぶり、少し伏せ目がちで立っていた。
「ユウ、謝れ、大切なファンの一人なんだぞ。」
コウスケがユウを諌めるとユウはコウスケを少し睨みつけて、
「悪かったな。」
と謝るうちに入らないような謝罪をした。それをフォローするかのようにコウスケが
「こいつこれでもきちんと謝ってるから許してやってくれよな。」
と少年に言った。すると少年は、
「みなさんに警告を伝えにきました。」
少年は単刀直入にそんな話をする。そこにいたバンドメンバーはいきなりの話に目を丸くした。
「いきなり何言い出すんだよこの子は。」
トオルはその子を覗き込んでそう言うと、
「冗談ではありません。これから少女がやってくると思いますが、どうかドアを開けないで下さい。開けたらあなた方はそれまでです。」
やけに真剣な顔でそう言ってきた。楽屋にいた全員が凍りつく。
「何でそんなことを知ってるんだ?」
ユキヒロが尋ねるが、少年はその問いには答えず、
「ほんとは僕がここにいてと思うのですが、あなた方の運命線の進む先が死なので僕はあなた方を止められないんだ。だから出来る限りのことをしてるんだ。分かってね。」
少年は最後にそう付け加えると楽屋の前から姿を消した。文字通り、消えた。
「何だったんだ今の?」
コウスケの言葉に全員が顔を見合わせた。何か夢のような幻のような光景を見ていたような感覚に襲われていた。
「信じるか?今の。」
ユキヒロがみんなに尋ねる。
「信じれるわけないだろ。ただの夢だよ夢。」
ユウはそう答えた。だが、コウスケの考えは違っていた。
「しかし、全員同じ夢なんてそう見るもんじゃないだろ。何かあると思うけどな。」
「俺もそれは同感だ。でなきゃわざわざ同じ夢を見る理由がないだろう。」
トオルもコウスケと同意見のようだ。しかしユウはそれでも楽観的だった。
「お前ら考えすぎだって。ったく俺達が何したってんだよ。普通の奴と同じような人生送ってきてるんだぜ。お前ら暗すぎだし。」
ユウはそう言って閉まっていた楽屋のドアを開ける。
「おい!」
コウスケが止めようとするが、その扉は開いていった。しかしそこには誰もいなかった。
「ほら、誰もいやしねぇ。な、だからあれは何かの間違いだって。そんなのあるわけないだろ。」
ユウは扉の先の廊下に顔を出し、辺りを見回した。ハードロックの爆音と客のノリのある声以外には何もなかった。一応遠くまで見渡す。しかし人の影すら見当たらない。
「外にも誰もいやしない。大方あのガキのイタズラだろ。」
ユウは楽屋の扉を閉める。そして、みんなの方を向いた――――
そこはすでに惨劇と化していた――――
ユウに一番近い位置にいたコウスケは身体を真っ二つに切り裂かれ、すでにユウの足元にまで血が広がっていた。そしてその先にいたトオルは顔面が潰されていて顔の面影はまるでなかった。辺りに色んなものが飛び散り、血とも体液ともいえないような色に身体が染まっていた。その横にはユキヒロがイスに座ったまま絶命していた。大切にしていたギターが潰されており、腕がへし折られ、身体中を刺されていた。そして首が曲がりもしない方向に曲げられていた。そしてその奥に・・・。
「こんばんわ。初めまして。」
そこには小柄な女の子が立っていた―――
ユウが少し後ずさりしながら、
「だ・誰かに・・・用なのか・・・?」
と尋ねた。すると女性は、こくりとうなずき、
「あなたに用があるの。美堂悠。あなたを迎えに来ました。」
「な・なぜ俺の名前を・・・。」
「迎えにきた人の名前ぐらいは把握していますわ。」
その少女は、手に持っていたサーベルのようなものを一瞬で消すと、
「私は美堂、あなたのその命を我々のために使って頂くためにきました。」
その少女は悠の前にやってきて、左のひざを床につけ、悠を見上げる体勢になり、
「私はそのために人間であることを捨てたのです。どうか私と一緒に来てください。」
それは突然の誘いだった。目の前で仲間を殺した女に一緒に来いと懇願されている。悠はわけが分からなくなった。
「待て。お前は今、俺のダチを殺したんじゃないのか?」
「ええ、私にとってあの人たちは邪魔でしたから。」
そんなことをサラッと言ってのけた。
「それで私についてこいだ!?ふざけるな!!貴様はこれから俺がやろうとしたことを邪魔しやがった。そんなとこについて行くわけがないだろう。」
するとその少女は笑い始めた。悠は何がおかしいのか分からず、
「何笑ってやがる・・・。」
「お噂通りの方なので、つい・・・。」
「噂ってなんだよ・・・。それになぜ俺を連れて行こうとする。」
悠はまだ何がなんだか分からなかった。
「必要なのはあなたの残りの命と運命線です。」
「運命線?何だそれは?」
悠の問いに答えようとした少女だったが、何かを感じたのか後ろを向く。
「ここでお待ち下さい。邪魔が入りました。」
そう言って先ほどのサーベルらしきものを出現させる。そしてそれを構えると・・・。
少女の前にあった壁が衝撃でくだけた。そしてそこから一人の男が現れた。手には何かの棒を持っているようだ。
「来たな、抗う者よ!!」
少女はサーベルをその男に向けて振り下ろす。しかし、それはいとも簡単に受け止められた。
「まだこんなことを続ける連中がいるとは驚きだ。全く。」
男は口に煙草をくわえながらも器用に口を動かしてそう言った。そして手に持つ棒らしきものを構える。
「よほど死にたいようですね・・・。ではお望みどおり殺してさし上げますよ。」
少女はそう言って男との間にあった間合いを瞬時に詰めた。男はすぐに後方へ跳び間合いをあける。少女はそのまま男の懐へ突っ込んだ。
「ほう、なかなかやるな、最近生まれたとは思えない。」
男はすばやい動きで懐に入ってきた少女を避けるとそのまま背中に拳で一撃をくらわせた。少女はそのまま背中を殴られて地面に打ちつけられる。その背中を男は足で押さえつけた。
「さて、どうする?押さえつけられたら、ご自慢のシュネルが使えないだろう。」
「くそ!!どけ!!」
少女は少女とは思えない口調で男に反抗する。男は煙草を口から離して煙を吐くと、もう一度くわえて、
「さて・・・消えろ。お前はこの世界にいてはいけない。」
そして手に持っていた棒を少女の身体と垂直になるように構えた。そして勢いよく振り下ろす。嫌な音がした。皮が破れる音、骨の砕ける音、臓器を貫く音、全てがきれいにはっきりと聞こえてきた。そして少女は静かになった。
「ふう、最近増えてきたな・・・。」
少女の上から降りた男はそう言ってもう一度煙を吐いた。
「あ・あの・・・。」
悠は状況が全くつかめず、とりあえず目の前の男に聞くしかなかった。だから声をかけてみたのである。
「よっ、元気か?」
男はすごく軽い口調で悠に話かけてきた。
「えっ、は・はい・・・。」
「よし、だったら死んでくれ。」
男は悠に軽いノリでそんなことを言ってくる。悠はあっけにとられた。
「何だよ、いきなり死ねって・・・。」
「君はこの光景を見たんだろ。それに冥界の奴に運命線を触れられてしまった。そのまま生きたらさっきの女の子のように人間捨てなきゃいけなくなるぞ。」
「意味がさっぱり分からないね。」
「だろうな。だが、このままでは肉体も心も冥界に奪われる。それでもいいのか?」
「どうせ悪い夢だ。それにあんた何者だ?俺の夢に出てくる登場人物にしてはやけに鮮明だな。」
悠は現実と夢の世界と両方ごちゃまぜに考えてしまっていた。現状を理解できていない。
「まぁ無理もないか・・・。んじゃ冥界に喰われる前に消させてもらうかな。」
男は悠に向かって構えた。悠は攻撃をしてくることは感じて、一応構えた。しかし、彼の動きにはついてはいけない。男は一瞬で持っている棒を悠の腹に突き刺した。
「ぐわはぁ!」
悠は腹を抱えて倒れる。腹を抱えた腕に液体が流れ出してくる感触が伝わる。男は距離をあけて悠を見下ろしていた。男はそのまま次の攻撃に移ろうとした。その時である。前に動いた男は身の危険を感じて後ろへ下がった。男の目の前を鎌の残像が通った。
「あなた・・・誰・・・?」
男と悠の間に一人の少女が立っていた。大きな鎌を持っている。
「君も冥界の者か。」
「冥界・・・?何・・・それ?私は・・・宮鈴美代・・・。」
宮鈴は鎌を持ち直した。男は宮鈴に尋ねた。
「鎌を持って短いのかな?」
「分からない・・・。でも上手く切れるようになれば幸せになれる。その練習・・・させて・・・。」
よく分からないことを言いながら宮鈴は動き出した。鎌を思いっきり振り下ろす。それをギリギリのところで男は避ける。
「全く、かなりの精鋭だなこの子は・・・。」
男は棒を投げる。宮鈴はそれを鎌でなぎ払い、そのまま男に迫り来る。
「かかった!!」
男は瞬時に動いて宮鈴の懐にもぐりこんだ。しかし、
「その動き・・・読んでいた・・・。」
すぐに後ろに下がれるように準備していた宮鈴は後退して体勢を立て直す。男も床にささっている棒を抜いて距離を置き、体勢を整えた。
「さすがだな。しかしこの場ではお互い不利じゃないのかな?」
「そんなの・・・関係ない・・・。私・・・切れればそれでいい。」
宮鈴は人間としての理性を失いつつあるようだ。すでに人間ではないにしろ少なからずは理性が残っていた。しかしそれも潰えそうである。
「うぐっ・・・。」
悠の意識が少し戻りつつあった。男は、
「こっちもこのままだと冥界の霊に支配されかねない。早くしないと・・・。」
そう言って棒を構えた。
「なん・・・なんなんだよ・・・これ・・・。」
悠は自分の血を見ながら驚きを隠せない。これが現実、リアルな世界の現象とは思えない。悠はゆっくり立ち上がり、自分の手が赤い色に染まっていることを改めて確認する。事実であることをもう一度認識するかのように。
「あなた・・・みどう・・・ゆう?」
宮鈴が途切れ途切れの言葉で悠に尋ねてきた。
「そ・そうだ・・・。それが・・・どうかし・・・た・・・のか・・・。」
悠は宮鈴の質問に返答する。すると宮鈴は、
「死にたくは・・・ない・・・ですか・・・?」
そう返してきた。悠は激痛をこらえながら一言。
「あぁ・・・。」
その瞬間だった。悠の身体を何かが包み込んだ。
「い・いかん!!」
男は悠に最後の一撃を加えようと高速で近づいた。しかし、
「行かせない。」
宮鈴がそれを阻む。男は宮鈴を跳ねのけると悠に向かって再び棒を突きたてた。
「死んだほうがいいんだ!!分かってくれ!!」
棒は悠の肢体を貫通し、血が吹き出て辺りをペイントしていく。身体が痙攣し、そのまま動かなくなっていった。男はその様子を見て、
「間にあったか・・・。」
少し安堵した様子で、悠の身体から貫通した棒を抜き取った。
身体はそのまま地面に落ちる・・・はずであった。
「なっ!?」
男は驚いた。男の腕を悠が掴んでいたからだ。
「ま・まさか・・・。」
「ふふ・・・ふふふ・・・。」
不気味な笑い声を上げる人間だった存在。今は冥界の存在へと変貌してしまっていた。
「我は美堂悠。我に芸術的な血を見せてみろ!!」
悠は掴んでいた男の腕をへし折り、大量の血を出させた。
「うぐわっ!!!!」
男は、棒を床に落とし、苦しんでいる。患部を止血しようと必死のようだ。
「ほう・・・いい血だな・・・。」
悠は男の顔面を殴り、そのまま倒れた男の上に乗っかると殴り続けた。
「ふははははは!!いいぞ、もっと出せ!!もっと出してみろ!!」
目に見えている世界が血に染まっていく。そして、少しした後、男は動かなくなっていた。すでに男の周りは赤い海と化していた。悠は立ち上がり、その死体を見下ろした。
「ふん、死んでは意味がない。綺麗じゃないな。」
「悠。」
宮鈴が悠のもとへやってきた。
「大丈夫ですか?」
普通の人間の口調に戻り、落ち着いたもの言いで尋ねる。
「ああ、みなぎってくるよ。力がな。」
悠は壊れた壁から外を見ながらそう答えた。
「では、行こう。」
宮鈴が告げる。悠もそれに応えた。
「ああ、新しき日常の始まりだ。」
「やはりあの程度では勝てないんだろうねぇ。」
自分の分身ともいうべき模造人形を破壊された造り主はため息まじりにそう言って外を見た。
「しかし、やっかいなことになったな・・・。」
独り言なのか分からないが、口に出して言っていた。
「う〜ん、まさか彼が対象者だったとは・・・。4人のうちの誰かだとは思っていたんだけど。」
綺麗な月が出ている。
「冥界へ行くには、綺麗過ぎる夜だな・・・。」
手から火を生み出すと、煙草に火をつけた。煙が辺りを少し漂う。そこへ先ほど彼らに警告した少年がやってきた。
「ごめんなさい。救える人がいたんですね・・・。」
「仕方ないさ、俺も確証はなかったんだ。忠告するのが精一杯さ。」
煙草を口から離し、煙は吐き出す。
「煙草・・・そろそろやめたほうがよくないですか?死なれては困ります。」
「あのな・・・この程度で死ぬほど弱く出来てねぇよ人間の身体は。」
そう返すと、少年は何も言えなくなった。それを見て彼はまた空に視線を移した。月がいつもに増して輝いている。そんな風にも見えた。
「さて・・・。次はどんな動きを見せるかな?」
少し楽しむようなそんな口調で彼は言っていた。
これから起こる出来事に対して好奇心がむき出しになったような感情が彼を包んでいた―――。