第一六章 〜求めるものは〜

第一六章

<K.G 作>
〜求めるものは〜




‐夜‐
僕は目を覚ました。まだ辺りは静寂の闇の中にある。みんなはぐっすりと眠っている。僕は隣で寝ている人に目をやった。暗くてよく見えないが、何となく感覚をつかむことが出来た。
「どうして僕を・・・。」
そう独り言を呟いた。すると意外にも向けた方から返答が返ってきた。
「あなたの世界に対する願いが私に似てるかなって思ったからよ。それにあの牢屋であなたが言った言葉、私にはあそこまでの思いは無かった。でも求めるものは近いのかなと思った。だからもっと話がしてみたかった。それだけよ。」
「あれ?起きてたんですか?」
「今は戦争してるその中心にいるようなものよ。ぐっすりと眠れるものですか。」
少し怒り気味にも聞こえたが、僕にとっては非常に心地よく聞こえた。こんな感情は初めてだ。会話は続く。
「そうでした。現に僕も寝てないですからね・・・。」
「もう少しで、タルキなのよね?」
「ええ、明日にはオリベールに着くと思いますよ。」
少しの沈黙の後、
「どんな顔して帰ればいいんだろ、私。」
その一言が僕にも大きな意味を持っていることは明白だった。僕にも答えなんて出せない。そう思った時、タルキ国内のことがふと思い浮んだ。現在、反タルキの勢力はどうなっているのだろう。僕がタルキを出てからずいぶんと経った。情勢は大きく変化していることだろう。僕は自分なりに今の現状から推察しようと思考を巡らせる。
「・・・ねぇ。聞いてるの?」
「えっ、あっ、なんでしょう?」
「あ。完全に無視してた。今までの話何にも覚えてないでしょ。」
「すみません。」
僕は、素直に謝った。この人の前だと素直になれる。そんな気がした。
「勘弁してよね。私、服の仕立てをしてる家だったの。寸法測って、デザインして。」
「そうだったんですか。衛生兵には徴兵ですか?」
僕の問いかけに彼女はうなずいた。
「お父さんは兵士として戦場に、お母さんは兵士の服や兵器を作る工場に連れて行かれたわ。それからどうなったのか知らない。私は両親がいなくなって数ヶ月後に徴兵で前線に出されたわ。」
彼女の話のトーンはどんどんと暗くなっていく。その先は聞けそうになかった。でも彼女は続ける。
「私は前線で、一人だけ生き残った。周りには死体と爆音ばかり・・・。」
彼女が起き上がるのが何とか分かった。その時僕は彼女が少し僕に近づいてきたように感じた。
「もう・・・怖いの・・・。こんな世界に誰が・・・どうして・・・。」
彼女は自分の肩を抱いてそう言った。
「でも今は立ち止まれません。戦争を終わらせるためにもこのままではいけないんです。」
少し酷だったかもしれないが、僕はそう彼女に言った。
「そうよね。そのために今タルキに向かってるんだもんね。ごめんなさい。」
「気持ちは分かります。僕も早く戦争が終わって欲しいです。そうすればもっと普通の人間らしい生活ができるのに・・・。」
「大丈夫よ。できるようになるわ。この戦争が終われば、きっと。」
「僕もそう思います。そう願ってます。」
少し会話が途切れる。それがなぜか心地良かった。
「あ、あのね。一つだけ私のお願い聞いてくれる?」
彼女がそう切り出した。僕はさっきの彼女の言葉を思い出し、少しでも怖さを和らげたいという気持ちがあったので、
「僕にできることなら何でもいいですよ。」
承諾した。すると彼女は、
「ありがとう。じゃぁ少し、こうさせて。」
そう言って彼女は僕の目の前まで接近すると体を預けてきた。僕はいきなりの行動に驚いてしまう。
「えっ、あ・あの・・・。」
「ごめんなさい。少しだけ、人の温かさを感じていたいの。」
戦争という極限状態の中、彼女は衛生兵として沢山の死に直面してきた。そして戦争の恐怖も。忘れてしまいそうになる人の温もりを感じていたいという彼女の心情は僕にも分かった。僕はそのまま彼女が離れるまでそのままでいた。でも何も喋らないわけにもいかず、
「静かですね。」
当たり前の状況を喋ってしまっていた。
「この静寂がずっと続いて欲しい。ずっとこのままであって欲しい。」
「そうですね。」
どれくらい時間が経っただろうか。彼女は僕から体を離した。
「ごめんなさい。いきなりこんなことしちゃって。」
「僕は、あまり人の温もりを感じずに今まで生きてきました。戦いの中にずっといた。でも今、やっと人の温もりがどれほど大きいものか何となくですが分かった気がします。」
彼女によって僕の心の氷が少し解けたような気がした。

‐朝‐
「しかし、なぜ私を助けたのかね?」
先のブリランテ基地での一戦で助けられたエンルストはそう僕に尋ねた。
「んなの決まってるじゃねーか。助けたいと思ったからだよ。誰も人によって死んじゃいけねーんだよ。」
ニッキーが横からそうエンルストに言い放った。
「なるほどね。そんな簡単な理由も忘れてしまうとは、私も軍人色に染まってしまったもんだ。」
軍人の性なのかもしれないと僕は思った。にしてもエンルストの傷は深い。何せあの新型爆弾を背中に受けたのだから。
「しかし、この傷は病院行かなきゃいかんなぁ・・・。」
ゴンボースがエンルストの傷を見てそう言った。今は応急処置で何とかなっているが、このままでは1週間ともたないだろう・・・。
「しかし、軍服がブルツーナのだからなぁ・・・。」
ニッキーがそう言いながらミュレルの方を見る。
「やっぱりそうなるのね。分かったわ。服脱いで。交換よ。」
「でも、それじゃ君がそのまま牢獄に行ってしまうんじゃないのか?」
グリーがそう発言するが、ミュレルは、
「それはないと思うわ。国境を通るだけならそこでどうにかされるとかはないと思うけど。」
現在僕たちは60人弱。国境をこの大人数で抜けるのは非常に困難だろう。
「まぁ、戦時難民ってことで何とかなるとは思いますけどね。」
ブリュワーズは心配しすぎなくともといった感じだが、僕はやはり心配だった。
「ルイス、とりあえず入国したら仲間に会いにいかねぇとな。」
僕の心配をよそにニッキーは僕にそう話をふった。
「そうだね。どうなっているか様子も聞かないと。」
「とりあえず行くだけ行ってみるか?」
エンルストは僕に意見を求めた。
「行くのは僕とニッキーとエンルストさんの3人で。ブリュワーズさん、無線機とかってあります?」
「確かあったと思うよ。旧式のでよければ。」
「旧式のチャンネルは多分今は使ってないだろう。旧世紀の世界大戦じゃないし、それにタルキは非常に混乱してるからな。」
エンルストは補足して説明してくれる。
「これで連絡を取り合いましょう。ミュレルさん、通信技術はもってますよね?」
「バカにしないで。これでも一兵士よ。」
「ではミュレルさんに通信を任せます。他の人はミュレルさんを不審に感じているふしがあるのでミュレルさんの監視と通信の任をこなしているか見て下さい。それに僕も通信を通して監視という形になります。」
「ずいぶんと疑われたものね。いいわ。」
ミュレルはすんなりと了承した。
「とりあえず、身を隠す場所を確保しだい連絡します。それまで待機していて下さい。いいですね。」
僕は念を押した。現状は有志が集まったただの集団でしかない。組織という訳ではない。だから統率する必要性があると僕は感じたからだ。こんなことには今までの経験や直感が働く。つくづく戦士だと自分で自分を嘆いた。
「気をつけてね。」
ナナミが僕の目の前に来てそう言った。
「大丈夫。何とかやってみるよ。」
ナナミは僕の肩に手を回そうとするが、僕はその行為を拒否するかのように反対方向に振り向いて歩きだす。ナナミは何も言わなかった。しかし、背中越しに悲しさと切なさが伝わってくる。
「行きましょうエンルストさん。立てますか。」
「何とかな・・・。それより彼女、あのままでよかったのか?」
「ええ。僕にはどうすることもできませんから。」
僕はエンルストの問いにあっさりと答え、タルキ国境へと向かう。

‐ブルツーナ‐
現在ブルツーナは首都シューレで召集議会が開かれていた。
「さて、報告をもらおうか。」
新議長ユビチェフ=ドーンレイクが議会に呼ばれた男に対して促した。
「まさかあなたが新議長とは。ブルツーナも談合政治に成り下がったというわけですか。」
「無駄口を叩くな。私は報告をと言ったはずだが。」
ユビチェフは淡々と言い放った。
「了解。現在タルキは戦線をノイトラールより2km先で展開。ブルツーナの第12歩兵師団、第3空挺師団と交戦中。今の所こちら側の優勢といったところでしょう。しかし、ブリランテで使用された新型爆弾を投入してくれば一気にこちらの敗北です。」
「ほほぅ、なかなかの情報だな。」
「これでもタルキの元諜報員ですから。これぐらいは朝飯前ですよ。」
男は自慢気に身分を明かした。
「しかし、なぜ我々に味方する気になったのかね?」
ユビチェフが男に尋ねる。
「簡単な理由としては共産圏に未来はないということが分かったからですよ。それに自由がない。」
「なるほどな。詳しい訳はまた後で聞くとしよう。」
寝返ったとはいえ信頼はできないのだろう。その男には縄がされていた。
「しかし、旧式の拘束方法ですね。まだ信用されないということですか。」
「まぁしばらくはそのままでいてくれたまえ。情勢が変化し次第はずれることになろう。」
「んじゃ、それまで待つとしましょう。」
「では退席を。」
男は二人の警護と共に会議場をあとにした。ユビチェフはその姿を見届けた後、
「信頼できそうな男だな。あのままタルキに潜伏させよう。こちらの情報を与えない限り裏切られても害はない。」
今のやりとりを一番の若手議員ミッシュ=スワレーンは不審の目で眺めていた。彼はこのままブルツーナはユビチェフによって没落の一途をたどるという見解に至っていた。
このユビチェフなる男、元々は貴族市の代表を務めていた。しかし、代表選挙でグリーに大敗した。その理由は明らかである。彼は昔から貧民市ぺスカを隔離しようとしていた。そのために周りの援助団体の力などを使って隔離政策を推し進めてきた。さらには、貴族市を優遇してもらうようワイロを送ったり、援助団体へ一部税金を寄付していた。反対派の中心だったグリーはこの代表では貴族市は終わると市民に訴え、その甲斐あって解散選挙と相成ったのである。しかし、選挙で負けたあともその政策の手腕を買われ今度は中央に入り込み、下位の役職から徐々にのし上がってきた。そして、前議長が敵国のスパイであったことから、有能な人物を求める声が上がり、彼が選ばれた。もちろんこれは彼の入念な手回しによるものであることは言うまでも無い。この状況を上手く利用したのだ。
「この国民性にも問題があるが、それを修正するのが政治の役割でもあるのに。これでは彼の言った談合政治がぴったりじゃないか。」
ミッシュは小声でつぶやいた。ブルツーナ議会は腐敗しきっていた。

‐タルキ・参謀本部‐
ブルツーナとの戦争は不利な情勢になってあった。一週間前の前線の後退、さらには3日前の侵攻作戦の失敗による部隊壊滅と立て続けに敗北をきしていた。ブリランテでの勝利など大した戦果にもならないほどだった。あともう一押しされれば敗北は確実なものとなる。
「まさかここまでとはな・・・。」
タルキの本部は相当焦っていた。この戦争を仕掛けたのはブルツーナ。しかし、タルキには攻められても仕方ない材料が揃っていた。それは、極端なまでの言論統制と国民に対しての圧政と虐殺という国家犯罪だった。反タルキ軍と内戦状態であったため、国民も半分に割れていた。これをいかに統制するかという課題に対し、ブリグリッツァーは支持しないものの権利を奪うという強固策に出た。これが国外逃亡の動きを加速させていった。そしてそれを防ぐ目的で死の壁が誕生した。これ以降内戦の情勢も悪化。しかし、国家は転覆せず、さらなる引き締めによって国民を統制していく。それが虐殺だった。そしてその最中にルイスやニッキーは国外へ逃げることができたのである。
「このままではもたないな。」
タルキの幹部達は話し合いをしていた。
「やはりこの前ブリランテで使用した例の兵器の生産を急がせよう。」
「しかし、もう資源も乏しい状況にあるぞ。」
参謀本部の意見の中に希望的なものはほとんど見られなかった。もう時間の問題になりつつあった。
「状況はどうなっている?」
タルキの代表者が様子を伺いに来た。
「戦況はもう・・・。最後の手段に訴えるしかないかと・・・。」
幹部の一人がそう返答する。
「・・・・・・。」
代表者は言葉すら出なかった。
「この戦争がそもそも間違いだったのです。あのブリグリッツァーに全権を委任しなければこんなことにはなっていませんでした。」
「そうか・・・。私の責任だ。私は踊らされていたのだよ。あの男に・・・。」
「今更お気づきになられてももう遅いですよ、無能な代表さん。」
「バルダス副指令!!」
ブリグリッツァー副指令バルダス=ブルーナー。バルダスは自分の部下を数人連れてやってきた。
「バルダス、貴様!!」
代表は バルダスに向かって行く。しかし、その途中で凶弾に倒れた。
「ご自分の立場をわきまえて頂かねば困りますね。残念ながらあなたはこの戦争を起こすために利用された捨て駒に過ぎないのですよ。」
バルダスは部下に他の幹部を拘束するよう命じた。
「くそっ!!何でこんなことに・・・。」
拘束されていく幹部の一人がそう叫んだ。バルダスはその幹部を嘲笑の眼差しで眺めていた。
「さて、そろそろあの方に戻ってきて頂かないと。グイーツに連絡しろ。」
部下じは通信機器を使って連絡を取る。グイーツが出た。
「副指令。何用ですか?」
「そろそろあの方を向かえに行って欲しいのだが。」
「分かりません。」
グイーツは即答する。
「何?今何と?」
「ですから、どこにいるのか把握していないと申し上げたのです。」
バルダスは意外な返答に驚きを隠せない。
「あの方はグイーツに居場所を教えておくから掌握し終わったら迎えに来るように指示を出せと言われたのだぞ!」
「ですから居場所など聞いておりません。私はルイスを追う任務を任されましたからその任を継続しているところなのですが・・・。」
「もうよい。情報収集をしてあの方を探し出せ!必ず見つけるのだ!!」
バルダスは通信を一方的に切ると独り言と呟いた。
「どういうことだ・・・。あの方は一体何を考えてらっしゃる・・・。」
グイーツの方はというと一方的に切られたので少し腹立たしいのと同時にこの組織の崩壊を感じていた。
「この組織ももう限界か。あれだけ国民を裏からコントロールしていたにも関わらずここへ来て総司令の雲隠れ・・・。まさか・・・この国そのものを捨て駒に・・・。もしそうであればこの組織にいる意味などない。」
「グイーツ様、どういたしましょう?」
「全情報網を用いて総司令の所在をつかめ。時間はない。急げ!!それからブルツーナに向かえ。」
「なぜです!?今は戦争中で我らは今補給を必要としているんですよ!!」
「これは俺の勘でしかないが、総司令がブルツーナにいれば、タルキを捨てるつもりでいるのかもしれん。そして・・・。私の考える理想的な世界を現実にしようとしているのかもしれん。」
「どういうことです?」
部下の質問を無視してグイーツは艦内放送を行う。
「これより本艦は総司令探索の任を預かった。そしてここからは任意であるが、もしブルツーナに総司令がいた場合はタルキを放棄し、総司令についていく。異議のあるものは今すぐ艦から降りろ。理想が同じ人間しか私は必要としない。」
グイーツのとってもこの事態は非常事態だった。世界が動く。貴族の名の下に貴族を討つ。新しい貴族世界の構築。そして貴族が世界をコントロールするという理想に向かって・・・。
「ついていきます。どこまでも。」
グイーツはそうつぶやいて戦艦を発進させた。

‐タルキ国境‐
「さて、着いたぞ。」
僕達は国境の前にやってきた。とりあえず、検問をしている所まで歩く。
「待て。」
検問の兵士にもちろん止められた。
「すみません。負傷兵を助けたいので、中に入れてもらえませんか?」
兵士の数は全部で10人ほど。その内2人が門の前に立って検問をしているという状況だ。兵士はエンルストの顔をまじまじと見てきた。エンルストは少し目を逸らす。兵士はエンルストの傷を見る。
「ふん。気にくわん奴だが、重傷の人間を放っておくわけにはいかん。それにわが国の兵士だしな。こいつだけは通してやる。」
「俺達はダメなのかよ!」
ニッキーが兵士に食ってかかる。
「お前らはこの国の人間かどうか分からないからな。スパイかもしれんし。」
さすがは検問をしている兵士だけある。疑ぐり深い。
「彼らは大丈夫だ。ノイトラールから逃げてきたんだよ。だからこの戦争には関係ない。それに、君達が持ち場を離れてこんな俺を病院まで連れていってくれるのかな?」
「む・・・。仕方ない。通れ。その代わり監視をつける。分かったな。」
「ありがとう。これで助かるね。」
僕達は国境を何事もなく越えた。病院への案内役と監視付きの下、病院へと向かう。病院までだいたい徒歩で15分といった距離だ。前の案内役と後ろの監視を注意深く観察しながら僕はエンルストに小声で話す。
「とりあえず、病院で手当を受けて下さい。今は混乱期ですから兵士であれば細かい所までは詮索しないと思いますから。一応ニッキーもその場にいてくれる?僕は行く所があるから。」
「分かった。済まないね。」
「何ヒソヒソ話してる?」
監視の兵士が僕達の所へ寄ってきた。
「励ましてたの。もう少しで病院だよって。」
「もうしゃべるな。いいな。」
僕はそう言ってその場を乗り切った。しばらくして病院が見えてきた。その時、飛行機の音がどこからともなく聞こえてきた。兵士は空を眺めて身構える。見えてきたそれはブルツーナの輸送機だった。兵士は急いで通信機を手に取ると、通信を始める。僕はその輸送機の目的を考えた。しかし、本拠地へ今輸送機一機で来ることは考えられない。目的が非常に気になった。もう一つはタルキが攻撃しないことだった。普通は一機であっても対空攻撃をするはずなのに全く何もない。輸送機はそのまま旋回するとすぐに飛び去って行った。
「今の攻撃しないのか?」
エンルストは監視の兵士に尋ねた。監視の兵士は彼がタルキの兵士だったからだろう、
「捕虜を返しに来たんだと。」
とあっさり回答してくれた。僕はその発言でさらにブルツーナ側に何らかの意図があるように感じた。わざわざ敵の本拠地に捕虜を返しに来るだろうか?
「少し急ぐぞ。あんまり国境を手薄にしておくわけにいかないからな。」
再び歩き始める。僕はタルキの現状を考えてみた。正直さっきの切り替えしで国境を越えられるとは思わなかった。普通重傷者がいれば、担架に乗せてジープとか車で運ぶものだが、それを歩かせている現状をふまえて考えると、タルキは物資が究極的に不足していると考えていい。タルキが倒れるのは時間の問題だ。
「着いたぞ。」
などと考えていると病院に着く。病院の中に入る。すると大勢の兵士がベッドの上で苦しそうな声をあげてもだえていた。
「とりあえず医者の所へ。」
僕はそう言ってニッキーに目配せをする。ニッキーはそれにウインクで返した。エンルストを医者の所へ連れていくと、僕はその部屋を出て、裏口へと走る。兵士が寝ている病室の廊下を走り、非常口っぽい扉を開けて外に出る。僕はすぐに病院を離れると無線の通信を入れる。
「こちらルイス。応答しろ。」
すぐに応答があった。ミュレルの声の前にナナミの声が聞こえてきた。
「ルイス君大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ミュレルさんに代わってくれるかな。」
「私はここにいるわ。それにこの子の方があなたとも上手くやれるんじゃない?」
「僕はミュレルさんに任せたはずです。任務は全うして下さいよ。」
「はいはい。で状況は?」
ミュレルはナナミから無線機を受け取って、話を進めた。
「タルキはどうも不利な状況にあるみたいです。」
「そう・・・。」
「あっ、ごめんなさい。」
僕は後から彼女がタルキ出身であることを思い出した。
「気にしないで。分かってたことだし。元々無謀だったのよ。」
「エンルストさんは今ニッキーと一緒に病院にいます。僕はこれから侵入経路を探すのでもう少し待って下さい。」
僕はそれだけ伝えて無線を終えるつもりだった。しかし、彼女がそのまま会話を続けた。
「この前のことは気にしないでね。私ちょっとおかしかっただけだから。」
「気にしてないですよ。人間は機械じゃないですからそういう時もあります。」
「・・・・。」
なぜかしばしの沈黙。そして、
「私が求めるものは・・・。」
彼女は僕に言葉を発したが、僕はその時聞ける状況になかった。いつの間にか何者かの集団に囲まれていたのだ。
「ルイス=マクレンガーだな?」
「僕の名前を知ってるなんて驚きだな。」
「ちょっと来てもらおう。リーダーが呼んでる。」
「ルイス。ちょっ・・・。」
僕は彼女との通信を切った。彼女は何を求めていたのだろう・・・。その疑問を抱いたまま僕は彼らに頭を殴られ気を失っていた―――。








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