NaughtⅣ 境界

NaughtⅣ 境界

<K.G 作>




世界には人を快楽に導くものは多数存在する。

そして快楽やそれを導くものを求めるあまり、人間は自分以外のものを犠牲にする。犠牲にしていることすら気付きもしない。そしてそのまま他も自も滅ぼしていくのだ―――――

「これ、イけるぜ。」
彼らは欲望に身を任せていた。そして快楽を導き出す為に、すぐに手に入り、しかもより多幸感を味わえるものを探した。それには女性との交わり以上の快楽が必要だった。世界は自分を中心にして回っているのだ。そう感じさせてくれる何かを・・・。
「でもこれってルール違反じゃねぇ?」
「何言ってんだよ、今までそんなのいくらでもしてきてるじゃねぇかよ。今更んなこと気にしてどうするんだよ。」
一人の男がそう言って針を取り出す。それをプラスチックの注射器に取り付ける。そして、袋に入った液体をそれで吸い上げた。
「俺はこっちにするわ。やっぱ自分で栽培したのを使わないとな。」
もうひとりの男は粉状のものを煙草に詰め、それに火を点けた。煙とともにあまり嗅いだことのない匂いが立ち込める。
「ふ〜、美味い。」
「おい、早過ぎ、待ってるとかしろよな。」
注射器を持っている男は、それを自分の腕にあてがい、針をゆっくりと皮膚の中へ差し込んでいく。そして、注射器を押してゆっくりと液体を体内へ注入する。
「はぁ〜、くるぜ〜。」
「狂うぜの間違いじゃないのか?」
「しょうもない洒落とかいらんし。にしても気持ちいい。」
彼らは麻薬、覚せい剤に手を出していた。それだけではなかった。部屋のドアがいきなり開くとそこには男と女の姿があった。
「ちょっと!!離して下さい!!」
年齢は高校生ぐらい。男達は20歳前後ぐらいだろう。だから男達よりも少し若い。別の男がその高校生を連れてきた。しかも雰囲気としては恋人関係どころか友人関係でもなさそうな雰囲気だった。男は女の背中を押して部屋に押し込む。女は勢いよく床に倒れこんだ。
「ようやくか。待ちくだびれたぜ。」
煙草を吸った男の方が、その高校生に興味を持ち始めていた。どうやら彼らの予定に入っていたようだ。
「へぇ〜可愛い子じゃんかよ。」
やはり少しづつハイになり始めていた。女子高生はそんな男達を見て、後ずさりを始める。しかし逃げられるわけもなく、男達に捕まってしまう。
「さぁて、これでさらなる快楽を得られそうだな。」
「俺からヤらせろよ。連れてきたんだから優先だぜ。」
女子高生を連れてきた男が我先にと女子高生の足をつかんで引き寄せた。
「やめて!!お願いやめて!!」
「おうおうおう。泣け!!わめけ!!そのうち気持ちよくなるからよ〜。」
下品な言葉を浴びせかけ、男は女子高生の身体に触れようとした。女子高生は思った。もう、私の人生は終わりだと・・・。その時、頭の中にどこからともなく声が聞こえてくる。
『死にたくはないか?』
その声は周りの男達には聞こえていないようだった。女子高生の頭の中にしか流れていないようだ。
「私は・・・死にたくない!!」
その瞬間彼女を鈍い光が包み込む。そして、彼女に触れようとしていた男は一瞬で皮膚や内臓が消し飛びただの骨の塊と化してしまった。
「な・なんだ・・・?」
男達が一斉に女子高生の方を見た。鈍い光は少しずつ彼女の中に収まっていく。
「何だよ、もう幻覚が見え始めたか?」
一人の男が、骨塊と化した男に近づき触ってみる。それでようやく現在の状況を理解した。一瞬でヤクの快楽などさえ忘れてしまうほどの衝撃的な出来事だった。
「ほんとに・・・骨だけになってるぜ・・・。」
すでに夢の世界は遠い世界である。彼らは不条理な現実という死を感じる場に戻された。そして、
「さぁ、どうしてやろうかなぁ〜。」
先ほどでは考えられないような口調。
「それはこっちのセリフだろうが!!このガキ!!」
注射器を打っていた男が彼女に向かって拳を振り下ろそうと走ってくる。だが、
「私、これでも魅力ある女性なんですけど・・・。下衆に言われたくはないですわね。」
向かってくる男に対して手を開いて前に出して何かを虚空に描いた。すると先ほどの鈍い光が発せられ、向かってくる男も一瞬で骨の塊になる。そしてフローリングの床に乾いた音がしてカラカラと骨が床に積みあげられた。
「私に触れることができるかしら?」
すでに二人が消えた。麻薬を煙草にして吸っていた男は怖気づいてベランダの方へ逃げる。
「え〜っ、逃げちゃうの〜。でも、逃がしはしないよ。」
女は虚空から小型のランスを出現させると、
「いっくよ〜。」
そのまま、男に向かってランスの先を向けて突っ込んできた。
「なっ!!」
男はそのままランスに串刺しにされ、口から血を吐き、絶命した。それも一瞬の出来事だった。返り血を浴びながらも女の顔は満面の笑顔だった。
「あ〜あ、もっと遊べると思ったのに・・・。残念。」
女はランスを虚空に消すと、謎の鈍い光を身体の中に収め、普通の女子高生に戻る。そしてケイタイを開けた。そして着信履歴を確認すると、つい先ほど着信があった、兄に電話をかけた。
「あっ、電話くれてたよね?何?」


神風靖実は抗う者と呼ばれる人の分身に連れられて、小さなビルの前に着いていた。
「ここ・・・なの?」
それは廃ビルに近い暗い雰囲気の漂うビルだった。構造は3階建て、ビルとはいえ、テナントが入っているわけでもなく、ただたたずんでいるというだけといった感じだ。
「そうだ。」
分身はそれだけ言うとビルの扉を開けて中に入る。靖実もすぐに続いた。入ると一階のスペースにつながる廊下と二階に行くための階段という二つの部分に分かれていた。
「こっちだ。」
分身は階段を上がる。一階部分のスペースをどのように使っているのか気になったが靖実はそのまま後に続いて階段を上った。二階も同じ構造だ。二階では階段ではなく奥のスペースにつながる廊下を歩き出した。そのまま追いかけていくと、二階のスペースへの入り口のドアの前に着いた。
「では私はこれで。」
分身はドアの前に着くと振り返って一言言うと光の粒子の中に消えていった。靖実はドアのノブに手をかける。そしてゆっくりノブを回してドアを引いた―――――


無が迫ってくる――――

無が有を無にすべく、飲み込むべくやってくる。そしてそれから逃げるしか今は術がない。だから、必死で逃げた。しかし、それでも無には敵わない。全てをゼロにしてしまう。だから逃げても無駄かもしれない。でも抗えない。どれだけ有なるものがいたとしても、無は消しゴムのように今まで描いてきたものを全て消してしまう。どれだけ書き足しても紙を色で埋め尽くしても、また真っ白な紙に戻してしまう。

だから、受け入れるしかない。運命をそしてその方向へ向いてしまった運命線を―――――


奈須はゆっくりと目を覚ました。布団に寝ているようだ。それは肌に触れる感触で分かった。生きているという実感が次の瞬間にやってきた。
「奈須が目を覚ましたで!!」
誰かの声がして、奈須の周りに何人かが寄ってきた。奈須の視界に数人の巫女の姿が目に入ってくる。きっと私と仲がいい摩夜(まよ)ちゃんとこまっちゃんは必ずいるだろう。奈須はそう思いながら目が光に慣れてくるのを待った。目が空間を認識し始めるとやはり奈須の予想どおりそこには摩夜と小町の姿があった。
「奈須ちゃん。」
小町は少し目を潤ませて奈須の顔を覗き込んでいた。
「こまち・・・ちゃん・・・。わたし・・・。」
「大丈夫かっ!!奈須!!」
摩夜が奈須の上半身を起き上がらせるとそう言いながら奈須の肩を揺さぶった。
「痛いよ・・・摩夜ちゃん・・・。うん。大丈夫だよ。」
その声を聞いた摩夜は奈須に抱きついた。小町はそれを見て、さらに目を潤ませた。
「だから痛いってば・・・。」
奈須は幸せだった。こんな風に心配してくれる友達がいることが心から幸せだと感じていた。
「痛いってことは生きてるってことなんだぞ!今のうちに感じておけっ!」
少し涙まじりの声だったのは奈須の気のせいだったのだろうか。そんな抱擁が数分続いた。
「でも、よく生き残れたな。」
周りの巫女達も奈須本人もそれが一番驚きだった。
「ほんとだよ。サチが低い場所で戦ってしかも圧倒的不利な状況だったんだもん。」
小町が当時の状況を簡単に分析した。

サチとは巫女達の霊力を高める不思議な力である。その場所によってサチの高い低いがあり、それに伴って力が増したり、同時に色んなことができたりできる幅が違ってくる。あの場は冥界が先に自分達に有利な状況に創り上げていたのでさらに不利な状況であったのだ。

「でも、それを救うてくれたんが、抗う者や。」
少し遠くの方で声が聞こえた。奈須の周りにいた巫女が声の主を見る。そこには・・・。
「妃美香さん・・・。」
妃美香(ひみか)はゆっくりと奈須の寝ている布団へと近づいていく。しかし、それを奈須の周りにいた巫女達は妃美香に立ちふさがった。摩夜もその中に入っていた。
「やめて。」
奈須は布団から立ち上がり、回復すらしていない身体でゆっくりと妃美香に近づいていく。
「来んでええ。うちが去るさかい。」
その歩みを止め、妃美香は遮る巫女達を一瞥して回れ右して部屋の外へ出て行った。巫女は妃美香が出ていった先を睨みつけていた。
「奈須、あの人には関わらなくていいんだよ。」
摩夜は奈須の肩を支えながらそう言った。
「そんなこと言わないで。あの人だって私達の仲間じゃない。」
奈須のその言葉に摩夜が俯き、
「裏切り者だよ・・・。」
そう一言つぶやいた。


‐出雲殿‐
この場所の玉座に座る一人の巫女。そしてそこへ側近らしき巫女がやってきた。
「奈須が目覚めましてございます。」
側近はそう告げた。
「そうか。では事情を聞かねばなるまいな。抗う者に変な借りを作ってしまったからな。」
「しかし、我ら御剣協会と敵対していた抗う者がなぜまた奈須を・・・。」
「それは見えておろう。」
「と申されますと?」
「狙いは神風靖実。あのおなごを助けるついでだろうのう。あのおなごは我ら協会にとってなくてはならい巫女候補じゃ。いや、御神やもしれぬ。」
「御神・・・。」
「そうじゃ。人質ということなのやもしれぬな。」
側近は少し驚いた様子で玉座に座る巫女を見ていた。
「とにかく、奈須を呼んで参れ。」
「はい、ただちに。」
側近が出雲殿を出た後、玉座に座った巫女は、抗う者のことを考えていた。
「やるようになったわね。ほんと・・・。」


神風靖実は部屋を見渡した。弱い電灯が薄く辺りを照らしていた。そこはいたって普通の事務所のような感じの部屋のつくりになっていた。そしてドアから直線の位置に大きな社長室にあるようなデスクと革の大きなイスに深く座っている人物が一人。ここからは暗くて顔がはっきり分からない。
「あなたが・・・抗う者・・・ですか?」
靖実は恐る恐る尋ねてみた。すると暗闇の中、動く気配と反応があった。
「まぁみんなはそう呼ぶけどね。」
煙草にライターで火をつける。火の明かりだけが、不気味に灯り、消える。どうやらスーツに身を包んでいるようだ。
「ちゃんとした名前があるんだよ。シュタント。シュタント=ヴィーダー。それが名前。」
「外国人なんですね。」
「いや、これも与えられた名だ。日本生まれ日本育ちなんだよ。」
シュタントは煙草をふかしながら、指を鳴らした。部屋の電気が点く。いきなりのまぶしいほどの明かりに靖実は少しひるむ。そして目が慣れてくるとシュタントの顔がはっきりと見えた。日本人とヨーロッパ人のハーフのような印象を受けた。
「まぁ少し名前と顔に違和感があるかもだけど、まぁ慣れるまでの辛抱さ。」
シュタントは煙草を口から離し、息を吐く。彼の周りに煙が広がった。
「では、行こうか。」
煙草を灰皿にこすりつけて消すとシュタントはそう言った。
「どこに行くんです?」
「ん?それはきまってるじゃないか。ご飯だよ。」
少しの間―――――
「えっ?ご・ごはん?」
「だって食べてないだろ。お腹空いて仕方ないんだよ。」
お腹をさすりながらシュタントは早く行こうと急かしてみせた。それを見てご飯を食べていないことを思い出す腹の虫が鳴る。
「ほら、君だってお腹空いてるじゃないか。だから行こう。」
「あの・・・。」
シュタントは軽いノリで靖実の手を取ると、そのまま部屋のドアをくぐり、ビルの一階まで降りるとビルの扉を開け・・・
「あの!!」
シュタントの流れに完全に飲まれていた靖実は少し大きな声を出して、シュタントの流れを止めた。
「ん?何だい?どこかいい店知ってるのかい?」
「いいえ!!何でそんなに軽いんですか!?というか私事態を全く把握してないんですから説明ぐらいしてくれてもいいんじゃないんですか!!」
「うん、だから食べながら。」
「そんなご飯時にする話じゃないでしょ!!人の命がかかった話なんですよ!!」
「そんな重苦しい話だからご飯食べながらしようって言ってるんだよ。それともこれ以上追い込んだ場所に自分を置いておきたい?」
シュタントはそう返した。靖実はこれに反論できなかった。これは彼の配慮なのだ。
「すみません。私・・・。」
「分かったら食べに行くぞ。話すことは山のようにあるんだからな。」
こうして二人は繁華街に出て行った。

「で、何頼む?」
散々迷った挙句、ファミレスで落ち着いた二人は、各々好きなものを頼むことにした。靖実は話をしながら気軽に食べられるようにカルボナーラにした。そしてシュタントは、
「う〜ん、そうだなぁ・・・。」
彼女が頼んだ後も少し悩んでいた。そして出した結論は、
「オムライス。」
何とも当たり障りのないものだった。
「何か普通ですね。」
「何を期待したんだい?まぁそれより君の要望に答えるとしようか。」
シュタントは水を一杯飲むと、
「さて、どこから話そうか。」
と質問を受け付けるような態勢を取っていた。靖実はとりあえず自分をとりまく状況について尋ねた。
「ではまず残念なお話からしようかな。と言っても今の状況がすでに残念か・・・。」
「余計なことはいいですから単刀直入にお願いします。」
靖実の目は真剣だった。それに負けたのかシュタントは話を始めた。
「君のボーイフレンドの美堂悠はすでに冥界に堕ちた。」
いきなり分からない単語が飛んだ。冥界・・・。簡単に言えばあの世にあたるのか、靖実はそこから尋ねることにした。
「冥界って何です?」
「あの世とは少し違ってね。簡単に言えば悪魔に魂を売った人間がいる世界さ。」
「それって、人間の方がですか?」
「そのアプローチはこちらの世界からは出来ない。冥界が勝手に選んでアプローチをかけてくる。しかもそのタイミングを図って断れない、断りにくい状況の時にね。」
「ということは強制なんですね。人の意志は無視される形で・・・。」
「いや、人の意志は尊重された形で契約する。拒否する権利はあるからだ。でも拒否はすなわち死や心の崩壊につながる。そんな極限状態にしかやってこないからね。そこが冥界の嫌らしいところだがこれに対しては口出しできない。」
「じゃぁ悠は・・・。」
「彼の意志で冥界に堕ちたことになる。」
靖実が考えていた希望の一つが消える。悠の意志でなければまだそれでも安堵できた部分もあるが、どうもそうではないような雰囲気だ。
「まぁそれ以外に冥界のものに運命線を触れられると強制的に冥界行きという手段もあるが、それはよほど冥界に相応しい人間に対してしか行われない。」
「その・・・運命線って何ですか?」
「自分の人生の進む方向さ。死んであの世へ行った者と冥界の住人には見えるんだ。運命はどの方向へ向いているのかってのがね。その運命の方向が線になって見えるから運命線と呼ばれているんだよ。」
ここでシュタントは煙草を吸おう煙草とライターを出して口にくわえ、火をつけようとするが、靖実がテーブルの上にある禁煙席のプレートを指すと渋々口にくわえた煙草を箱に戻す。
「まぁそれだけじゃなくて、訓練や修行しだいで見たり、触れたり、変えたりすることが出来るようになる場合もある。まぁそんな術者はまれだし、勿論してはいけないことだけどな。そして、美堂悠の場合はそれをされてしまった。しかし強制ではない。彼にも少しながらもその意志があった。だから意志があって冥界に来た人間として認知されることになるわけだ。」
「でも運命って変えられないんじゃ・・・。」
「それは宿命だ。宿命は命が宿る時に与えられるものだから変えることが出来ない。しかし、運命は人が作り、決めていくものだ。だから一部の者には変えることが可能なんだよ。」
少し難しい話に靖実は戸惑いを隠せない。
「無理せずとも自然と分かるようになってくるよ。」
シュタントは水を飲んで、のどを潤すと、続きを話す。
「だから、美堂悠は今人間ではない。人間として接するといつ何時に運命線を変えられかねないから気を付けた方がいい。これは忠告だ。それで、彼はどうも普通の能力者ではない。」
「普通の能力者ではない?」
「そうだ。普通冥界の住人は何かしらの武器を忍ばせている。それに自分の力を宿して何倍にも膨れ上がらせ相手にぶつけて破壊する。しかし彼の場合はそれがない・・・。」
「それがないってことは元々の力で十分ってことですか?」
靖実は思ったことをシュタントに告げる。シュタントは頷きながら、
「その可能性は高い。すなわち彼は冥界に行くべくして生まれてきたと言っても過言ではないぐらいの逸材の可能性があるんだ。こんな話を君にするのはあまり気持ちのいいものではないと思うけどそうなんだろう。」

頼んだメニューが届いたので、話を中断してご飯を食べる。その間、二人の間に会話はない。黙々と食べていた。靖実は食べながら、シュタントについて考えていた。彼は信用はできる。しかし、現状があまりにも現実離れしているので受け入れられないでいた。ほんとに冥界があり悠はすでに魂を悪魔に売ってしまったのか。それを早く確かめたい。それならそれであきらめもつくというものだ。
「どうした?食べないのか?」
シュタントにそう言われて、靖実は我に返った。まだ食べかけのカルボナーラが残っていた。
「もう一つ尋ねてもいいですか?」
オムライスを食べ終え、満腹感に酔いしれている目の前の人に靖実はもう一つ質問した。
「あの巫女の格好をした人たちは何者なんですか?」
シュタントはその質問にすごく厳しい顔で答えた。
「彼女らもある意味で人間ではない。そして敵になる存在だ。」


御剣協会―――。かつて神道というものが大きく支配した時期に出来た、宗教団体に似て非なる存在である。それは下々の者を支配した存在でもあった。神々に仕える巫女のみが特権を有し、それ以外の人々は皆下位に属するという考えの下、その考えや体勢に反対するものをことごとく排除してきた組織。それが御剣協会である。現在は現代にかつての神道的支配を再現すべく活動している団体として表向きにはなっているが、実はもっと単純な話、世界を手中にしようと企んでいる。

そして御剣協会第536代御神は好絹(こうけん)である。御神とは神に一番近く、神と同等の存在として崇められる地位に立つ者を指している。御神という存在になるには選ばれ者にしかなることが出来ない。そして女性でなければならない。好絹も選ばれた巫女だった。
「奈須。神風家の長女はどうであった?」
出雲殿に呼ばれた奈須は好絹と接見していた。
「どう・・・とおっしゃられましても・・・。その、普通の女性という印象しかないんです。」
「なんと・・・やはり巫女としての訓練などは受けていないということなのじゃな?」
「そう見受けられました。それ以上は冥界の者と戦になってしまったので、何とも申せません。」
「そうであったか。分かった。下がってよいぞ。」
好絹は奈須を去らせると、一人考えた。神風家は一体何を考えているのかと。
「全く、我らを裏切るつもりではあるまいな・・・。」
その真意はまだ好絹には分からなかった。


御剣協会についてもだいたいの話をし終え、ファミレスを出た二人。シュタントはようやく煙草にありつけた。とはいっても、歩きタバコは厳禁。結局公園にある喫煙スペースに移動して吸うことになった。
「はぁ・・・喫煙者には狭い世界になっちまったぜ。」
「でも吸わない人にとっては住みやすくなりましたから〜。」
「へいへい、肩身狭く楽しんでおきますよ。」
煙草に火をつけて少し口をつけるとすぐに息を吐き出す。煙は電灯の明かりから夜の闇に消えていく。
「冥界はな・・・。」
シュタントは夜の明かりを見ながら言う。
「地獄に等しい世界だ。普通の人間ではまず5秒ともたない。それだけ瘴気や毒が充満している。」
「まるで冥界に行ってきたかのような語り口ですね。」
靖実は何気なく言ったつもりだった。しかしシュタントはその言葉を受けて、
「あそこには二度と行きたくない。」
その答えは行ったことを意味していた。そんな返答が来たものだから靖実は、
「えっ・・・まさかシュタントさん・・・。」
とその内容を察して反応していた。しかし、靖実の言葉に対する返しはなかった。彼は違う方向に目を向けていた。そして厳しい表情を覗かせていた。

煙草の煙の流れが変わった。場の空気が―――――

ここは公園。幸いなことに人があまりいない。靖実はシュタントが見ている方向に目をやる。するとそこには仲むつまじい男女の姿。男の方は大学生のような感じ。女は制服を着ているところからするに高校生だろう。二人で手をつないでまるで恋人同士のように歩いていた。
「兄さん、何食べようか?」
「いつも智美が決めてるだろ。僕は智美の選んだものでいいよ。」
「え〜、たまには兄さんが選んで・・・。」
向こうもこちらの存在に気付いたようだ。智美と呼ばれた女性は、
「こんな所で煙草吸ってる人なんていたんだね。」
ただそれだけに触れると兄らしき人と一緒に通り過ぎた。そして場の空気が穏やかに収まっていく。
「シュタントさん、今のは・・・。」
「感じたか?空気の流れが変わったのを?」
「はい・・・。詳しく説明はできませんけど何か重苦しくなったというか・・・。」
「冥界の住人だ。」
シュタントは迷いなく言った。どちらが冥界の住人なのかは靖実には分からないが、二人のうちどちらかが、もしくは二人ともそうなのかもしれない。そんな時、携帯が鳴った。いたって普通の着信音だった。シュタントは上着の内ポケットから携帯を取り出して発信者を確認すると、通話ボタンを押して電話に出る。
「もしもし。どうした?ほう・・・。やはりそうか。そのままその場に待機していてくれ。今からそっちに行く。」
少しの間電話するとシュタントは携帯を切った。
「では、彼女が生まれた現場に向かうとしよう。」
シュタントは靖実にそれだけ告げると歩き出した。靖美はそんなシュタントの背中を追いかけた。


朝倉智美は、兄、朝倉一樹に電話した。
「あっ、電話くれてたよね?何?」
「何って・・・。今日はテスト期間だったのにまだ帰ってきてないからどこにいるのか心配になったんじゃないか。」
妹思いの兄が心配になって電話をよこしてきていたのだ。
「ごめん、今友達の家でさ。」
智美は嘘をついた。正直に言える状況にない。辺りに血と骨が広がる部屋にいるなんて言えない。
「何時ごろに帰ってくるんだ?」
「もう帰るよ。」
今は早く電話を切りたかった。こんな状態の場所にいたくなかった。
「分かった。今日は父さんいないから二人でどこか食べにでも出よう。早く帰ってこいよ。」
「うん。そうする。それじゃぁね。」
電話を切る。そして辺りの状況をもう一度確認する。足元に一人、玄関に向かう方向に二人。ベランダ周辺に血を撒き散らし、部屋の中には皮膚の溶け残りがこびりついている骨が転がっている。
「この服、返り血浴びちゃったからこのままじゃ帰れないなぁ・・・。それに顔も・・・。」
智美の頬には少し返り血がつき、服は赤く染まっていた。智美は洗面台に行き、軽く洗ってタオルで拭くと、服を探す。しかしこの部屋にいたのは男ばかり。女ものの服がないかもしれない。それでも着れるものを探してタンスやクローゼットをあさる。すると、どこの学校のか分からないがクローゼットの中から制服が出てきた。この男達の趣味なんだろう。智美は内心気持ち悪さを感じながらも男達の趣味に少し感謝していた。早速その制服に着替える。
「この制服、いいや。」
着替え終わった智美は今まで自分が着ていた制服に床に転がっていたライターで火をつけ、完全に灰になるまで見届けることにした。しかし、燃え尽きるまでに火災報知機のベルが鳴る。
「あっ、しまった・・・。」
智美は制服の火を消し、燃え残りを持って部屋を出た。その時初めてそこが二階であったことを思い出して急いで階段を下りて全速力で逃げた。多分見られていないとは思うし、制服も回収したはずだが、一抹の不安は拭えなかった。


シュタントは黙々と歩いていた。靖実はそれに続いて歩いていた。
「あの、シュタントさん。」
靖実は歩き出す前から感じていた疑問をぶつけた。
「彼女の生まれた現場って、あの二人のうちの女性の方って分かってるんですか?」
「あぁ、彼女の目は人間じゃなかった。あれは冥界の住人の目だ。」
「どうやってそれが分かるんです?」
「それは・・・勘だ。」
シュタントは根拠あって確信しているものだと靖実は思っていたのだが、それはあてが外れていたようだった。
「勘ですか・・・。」
「シュタントの勘をバカにするな!!」
いきなり語気の強い言葉が聞こえてきたので、靖実はびっくりしてしまった。どうやら現場に着いていたようだ。
「おっ、ビルテ。」
シュタントは声の主に挨拶をした。
「シュタイン、現場はそのアパートの二階だよ。」
ビルテと呼ばれた小学校高学年ぐらいの男の子はアパートの二階を指差しながらそう言った。
「ここか。行くぞ。」
「シュタントは少し慎重にアパートの階段の下まで向かう。ビルテと靖実はそれに続いた。
「そんに勘が当たるのね。」
靖実はビルテに言った。するとビルテは、
「ちょっと黙ってて。ここは危険かもしれないんだから。」
靖実を一喝。少し腹が立ったものの、言う通り黙ることにした。階段を上ると、すぐの場所に部屋があった。
「入るぞ。」
シュタントは慎重にドアを開けた。するとそこには・・・。
「あれ?シュタントじゃないか。」
シュタントを知っている人とそれ以外にも数人が部屋の中で、何かを調べていた。
「ビルテ・・・ちゃんと確認したか・・・?」
「えっ、その・・・いつもの通り現場だけ確認して・・・それで待ってたんだよ。」
「ってことは出し抜かれたってことか・・・。」
シュタントは慎重になって損したような顔をして、部屋の中にいた一人に声をかけた。
「おい、九重、簡単に現場に入らない方がいいって言ってるだろ。」
「仕事だからな。今回は火災報知機が鳴って消防が動いたから警察も動かざるおえんだろ。」
「まぁ・・・そうだが・・・。」
「にしても、これは何だ?骨だけになってる奴が二人ほどいるみたいだだが。」
「骨だけ・・・だと・・・。」
九重という人物の発言にシュタントはまた厳しい顔をした。そして、その骨を見せてもらう。
「これは・・・。」
「何か知ってる顔だな。聞かせてもらおうか。」
「絶対境界だ。」
シュタントはビルテ以外に分からない言葉を口にした。ビルテはかなり驚いた様子だ。
「何ですかその絶対境界って?」
靖実も気になった。その問いにビルテが答えた。
「簡単に言えば、何者も寄せ付けない境界を自分の身体の周囲に作り出すんだ。これを使えるのはごく稀な者だけなんだよ。」
「さらに、その奥で死んでいる奴は、串刺しにされている。多分かなりの力を受けたんだな。」
シュタントは冷静に分析する。九重は、
「ってことはうちの分野じゃないな。シュタント、またお前達の分野だぜ。」
「残念だがそうだな。引き受けさせてもらう。」
シュタントはよく観察を始めた。ビルテも何かを探している。靖実はそれを見ながら部屋の中央辺りにある床の焦げ目に気が付いた。
「あの・・・この焦げ目は?」
その疑問に九重が答える。
「理由は分からないが、何かを燃やした後だろう。」
「そうですよね。」
明確な回答を得られず、靖実はその辺りを見てみることにした。そして、クローゼットに目が行く。扉は閉じられていて、何もないように感じられたが靖実には何かあるように感じていた。
「このクローゼットって調べられました?」
靖実は九重に聞いた。九重はクローゼットに目をやると、
「いや、まだだが。つい先ほど来たばかりでまだ詳しくは見てない。」
「開けてもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。我々が見ているしね。」
靖実はクローゼットの扉を開ける。すると中は服が乱雑な状態になっていた。そしてその服の中に、なぜか制服があった。
「制服・・・。」
「多分着替えたんだろう。返り血を浴びただろうからな。」
シュタントはクローゼットの傍にきて靖実にそう言った。
「シュタント、お前もう誰が犯人か目星がついているのか?」
九重は期待の目をシュタントに向けた。シュタントは、
「行くぞ。このまま放置してはおけん。」
九重の質問を無視して行こうとする。
「ちょっと待てよ。」
九重はシュタントを引きとめようとするが、
「すでに人間ではない。逮捕なんて甘いことは考えないことだ。」
「しかし・・・。」
「それにこいつらは麻薬を吸っていた上に暴行しようとしたんだ。悪いが死んでしまう条件が整ってしまっていたんだよ。」
シュタントはそれだけ言って、部屋を出た。ビルデはそれに続く。靖実は行く前に九重に対して、
「失礼しました。」
と一言告げて出た。
「全く、勝手な奴らだ。」
九重は三人が出て行った所を見ながら、苦笑していた。


「美味しかったね。」
一樹の屈託のない笑顔が智美に向けられていた。二人は安くておいしい和食屋に入り、定食を食べた。今日のメニューはごはん、味噌汁、赤魚の煮付け、白菜のおひたし、きんぴらごぼうという普通の定食メニューだった。
「あれで良かったのか?」
一樹は少し気にしていたようだった。もっと若者らしいメニューを選ぶと思っていたのだろう。
「うん。だって、懐かしい感じだったし、あんな素朴な和食なんて。」
智美は一樹に楽しい一時を与えてくれたことを感謝していた。そう、彼女は感じていた、これが兄との最後の食事になるのであろうことを・・・。
「あのね、兄さん。」
智美は一樹の顔を見つめる。それは、最後になるであろう自分を育ててくれた、見てくれた、支えてくれた兄の顔。一番の理解者であり、信じてくれる血の繋がった肉親の顔。これから先忘れてしまうかもしれないけど、今は覚えておきたい。智美は少しの間見つめていた。そして――――

「大好きだよ。兄さん。」
智美の小さな唇が兄の頬に触れる。少し顔を赤くして。一樹は驚きを隠せないが、受け入れる。そして智美は一樹から離れると、
「ごめんなさい。私、いかなきゃいけないの・・・。」
いきなりの離別。一樹はいきなりの言葉にその意味が理解できいない。
「行くって・・・どこへ?」
「兄さんの知らないでいい世界だよ・・・。」
彼女はわかっていた。すぐにこの時がくることを・・・。彼女の背後に一人の男が降り立つ。片ひざをついて彼女の命を待っているようだ。
「早い迎えだね。まぁこんな風に居続けるのも良くないか。」
智美は苦笑いしながら一樹を見ながらそう言った。
「智美、説明してくれ。何がどうなってるんだ?」
「もし・・・もしね・・・。」
これが兄に伝える最後の言葉、そして兄と妹であった時の最後の記憶。
「私をみかけても、これからは妹と思わないで。」
「えっ・・・?」
「私に関わったら、死ぬから。」
そう言い残して、智美は自分の後ろに結界のようなものを作る。次にここに来るときは破壊者として、冥界の住人としてやってくる。人間じゃない。すでに一度死んだような存在として。
「待ってくれよ!!」
一樹は智美に近づこうとするが、結界を作る際に出る衝撃波が彼の身体を彼女から突き放す。5mほどの距離が出来上がってしまった。
「智美!!」
一樹は最愛の妹の名前を呼ぶ。しかし、その境界は埋まらない。そして肉親にはない境界が出来上がる。
「さようなら。」
彼女は、完成した結界に正面を向けながら振り返りもせずにそう告げた。それが最後の通告。そして彼女は結界の中に一歩を踏み入れた。

「待て!!行かなくていいんだぞ!!」
その声は聞きなれた兄の声ではなかった。智美は振り返る。するとそこには、先ほど公園で煙草を吸っていた男と連れていた女、そして見たことない子どもの姿があった。
「行かなくてもいいんだ。」
煙草を吸っていた男はもう一度その言葉を言う。智美はその言葉に驚きを隠せない。
「だって、冥界の住人になった者は・・・。」
「住人になったのは君の意思だろ?死にたくないその思いからそれを使わなければならなかっただけだ。だからそっちの世界に行くのは必然じゃない。自分の意思を最後まで貫き通せ!!」
その男の言葉は智美の心に真っ直ぐに突き刺さる。そして暖かく心地よい響きを出していた。しかし、もう一つの心がそれを拒む。
「い・や・だ。だってこの子は私に助けてって言ったんだもん。絶対ここには残さないよ。」
二つの人格。いや、智美の中に芽生えているもう一つの心。それこそが冥界の住人の身体である。悪魔のような幽霊のような目に見ることはできない存在。
「では仕方ない。ここで消えてもらうしかないな。」
「へぇ〜私を傷つけるならこの子の身体もなくなっちゃうよ。」
「お前が出て行くならいいがそうでもないだろう。」
煙草を吸っていた男は虚空から棒のようなものを取り出した。
「仕方ないね。相手になろうじゃない。ちょっと待っててくれる?すぐに終わらせるから。」
智美は後ろにいる先ほどやってきた男にそう告げると、結界を消した。男はうなずきもせず、黙って片ひざをついたままだった。
「さて、始めましょうか。」
智美はランスを取り出し、構えた。煙草を吸っていた男はそれを見て、
「それじゃぁ行くとしますかね。」
そう言って走り出した。それが戦いの合図になった―――――





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