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君と僕との存在は (中)

<K.G 作>
〜焦燥〜




僕はどうしたというのだろう。僕は今まで自分の存在を否定してきた。これまで様々な人からその洗礼を受けてきた。時には存在を消され、時にはその扱いは人ではなかった。生きる意味がどこにあるのか、僕にはその時全く見えていなかった。



今でもそれははっきりとは見えていない————



でも少し生きる意味が見えた気がした。それは人の温もり、心の痛み、初めて知った感情。



全てが僕にとって大きな意味をもっている。生きている感覚、生きていていい感覚をそこから思い起こさせる。



しかし、こればかりは分からない———



僕の本当の気持ちはどこにあるのか————



僕の行く先はどこになるのか————



それを知りたい。他の誰も知ることができないその答えを僕は求めていた。考えなければいいのかもしれない。そうすれば流れのままに生きれば自分の生き様はそれだったと割り切れる。でもなぜか答えを求める。なぜだろう。生きることに期限があるからなのだろうか、楽になりたいのだろうか。



「信田くん、ねぇ、信田くんってば。」

遠くでみかささんの声が聞こえる。なぜこんな時に彼女の声が聞こえるのかが分からなかった。



僕は求めているのか—————



どこかで彼女の存在を————



「そろそろ時間だよ。起きて。」

僕は彼女に体を揺さぶられて目を覚ました。

「あれ、寝てた?」

すぐ横には彼女の顔。彼女は笑顔でうなずいてくれた。

「全然起きないから苦労したんだよ。何回もゆさぶったんだから。」

「ごめん。」

僕は起き上がると、壁にかかっている時計を見た。時刻はあと五分ほどで午後一時にさしかかろうとしていた。一時からは午後のバイトの時間だ。

「ありがとう、起こしてくれて。」

「ううん。でも気持ちよさそうに寝てるから起こすの少しためらっちゃった。」

彼女との会話は時間が経つのを感じさせなかった。止まっているかのような時間の流れ。すごく居心地がよかった。



あの日から三日が過ぎた。僕はあの日以降深月とは一言も話していない。向こうは話したそうな雰囲気を出してくることもあったが、僕はあえて話をしなかった。まだ収まりきらない怒りの感情がくすぶっているからだ。



僕には耐えられなかった。まだ細いつながりがある元と言っていいのか分からない恋人とのつながり。人を好きになったことがない僕でも少しぐらいは人を好きになることぐらいは漠然と分かっている。だから深月の行動には驚かされた。それだけに、その恋人と言われる人との関係に僕は皆瀬川深月という人間の内側を見た気がしているのだ。これが彼女の本当の姿なのかとも考えてしまっていた。僕は彼女の行動が分からなくなっていた。それを追及することも、まして触れることすらもできなくなっていた。



今日も目の前にいたのに何も話せずに出てきた。



でも僕はそれでいいと思っていた。深月との会話が何だというのだ。僕にとって確かに彼女は大きな存在だ。でも、ただそれだけでしかない。無理に話す必要はない。僕は彼女の大きくてまっすぐな想いに応える必要がない。それに僕はそういう目線で彼女を見ていない。



それが僕の答えだ————



それでいいんだ————



「智哉くん、今週から一週間は三社祭の準備期間になるから、引き締めてやってくれよ。」

正一氏にそう言われ、僕は三社祭のことを思い出した。そう言えば、みかささんが一緒に行こうと誘ってくれていた。僕は一応それに応えたことになっているのだろう。

「はい。頑張ります。」

僕は元気よく返事をした。



バイトが済んで富原商店から出た僕は、少し夕日を見たくなった。だからいつもの場所に行くことにした。歩いて五分ほどで例の場所に着いた。夕日を見ながら僕は色んなことを考えていた。今までのことを思い起こしながら今の幸せを噛みしめていた。この時間は僕にとってとても落ち着く時間だ。きっと母親はそんな僕のことなど忘れてしまっているんだろう。だから僕も記憶の中から母という存在を消そうとしていた。もちろんあんなことをされても母親は母親。だから完全に消し去ることは無理でも片隅に追いやることは出来る。

「ようやく少しからまった鎖が解けだしたのかな。」

いつの間にか独り言がでていた。

「なら、良かったんじゃない。」

声は後ろの方から聞こえた。僕は振り返る。そこにはこの三日間僕と会話がなかった人が立っていた。

「どうしたんだよ。こんな時間に。」

三日間の沈黙が嘘のように自然と会話が始まっていた。

「それはこっちのセリフ。」

深月は僕の方へ向かって歩いてくる。僕はやはりそれ以上の会話を望まなくなっていた。

「ここは君の特等席だったな。邪魔して悪かったよ。じゃぁ先に帰ってるから。」

僕は彼女と目線を合わせずに歩きだす。僕と彼女がすれ違う。そこでも会話はなかった。少し距離があいてから彼女が切り出した。

「迷惑・・・なんだね・・・。」

「そうじゃないよ。」

僕は彼女の言葉にそれだけ告げてその場を後にした。風の音だけが耳元に響いていた。



「信田くん。あの・・・ね。」

次の日、休憩時間に入ってすぐにみかささんが僕に尋ねてきた。

「何かな?」

僕はタオルで吹き出る汗を拭きながら彼女の言葉を待った。

「その・・・三社祭のことなんだけど・・・。」

「うん、一緒に行くって話だよね。」

僕がそう言うと、彼女はすごく明るい笑顔になって、

「覚えててくれたんだ。」

とすごく嬉しそうな表情を僕に向けてきた。僕も嬉しくなって

「そりゃ覚えてるよ。約束してたんだから。」

と笑顔で返した。すると彼女は、

「バイトが済むのが6時ぐらいだから、6時半にこの山のふもとに集合でいいかな?」

「うん。そうだね。そうしよう。」

僕は時計を見て、彼女に合図を送ると彼女は僕のタオルを受け取ってくれた。

「頑張ってきて。」

「ありがとう。」

すごく心が充実していた。安心感もあった。心が満たされるとはこういうことなんだと実感し始めていた。僕はみかささんに感謝している。僕のことを色々と心配してくれていたし、何よりすごく優しくて気がきく人だ。みかささんのダンナはさぞかし幸せになることだろう。そんな今まで考えもしなかったことを初めて考えながら、僕は懸命に仕事に向き合った。



「さて、今日はこれで終わりだ。お疲れ様だね。」

「はい、ありがとうございました。」

気持ち良くお礼が言えるのもこの地に縁朋町に来てからだ。今までは言わされることが多かったが、これからは自分の言葉としてきちんと言えそうだ。少しずつ自信もついてきた。

「お疲れさま。」

そしてみかささんがいるからというのもあるのだろう。

「それじゃまた明日。」

僕は歩きだす。そういえば深月が迎えにこなくなって何日経ったのだろう。そう思って帰り道へと向かい始めたときだった。



「迎えにきたわよ。」

いつもの口調で答えたつもりだろうが、彼女の顔はいつもと違って何かを言いたげな雰囲気をだしていた。後ろではみかささんが僕達の様子を見ているようで、視線を背中に感じた。

「わざわざ迎えにくるということは何か話があるのか?」

「そうよ。少し話がしたいの。」

今は深月と話をする必要があるように感じたので、僕はうなずいてついていくことにした。

「んじゃみかささん。また明日。」

僕は手を振りながらもう一度みかささんにさよならを告げて、深月と歩く。話はもちろん彼女のほうから出た。

「みかさとずいぶん仲良くなったんだね。」

「深月には関係ない話だ。」

僕は切り捨てる。関係ない話を今はしたくはなかった。すると深月は少し黙った後話を切り替えてきた。

「この前、翔也がひどいことをしたみたいで・・・。ごめんなさい。」

この発言から僕は再びイライラし始めていた。そういうものは普通殴った当事者が言う言葉であって、恋人が出てくる話じゃない。それに、もう一つの怒りがこみ上げ始めていた。

「あのね、悪気はないと思うの。何か勘違いしてたからこんなことになってしまって・・・。」

「それを言いにわざわざ来たのか?」

「うん。だって誤解してたままじゃ悪いでしょ。」

「そっか。分かったよ。勘違いなんだな。」

「うん。」

一応納得はいかないものの僕は彼女の言葉を受け入れることにした。僕は少し思い切って聞いてみることにした。

「湯本翔也って人、深月の恋人なんだよね?」

僕は彼女と彼が今も恋人同士であるのか、それだけが気になった。

「・・・うん。」

彼女は少し戸惑いながらもそう答える。

「ってことは今もなんだよね?」

少し突っ込んだ質問に彼女は、

「それを気にしてたんだ。」

どうやら僕の意図を悟ったようだった。僕は話は早く済みそうだと思い、

「あぁ、僕は確かに人を好きになる余裕なんてなかったからその辺りのことはよく知らないけど、でもそういうのってさ・・・。」

僕が言葉を続けようとすると、彼女は僕に近づいてきて、

「前にも言ったかもだけど、人を好きになるその想いって理屈や理由なんてないんじゃないのかな。」

そして僕の唇に重ね合わせるように彼女の唇を近づける。しかし、僕はそんな彼女の肩を両腕でつかんで突き放す。

「やめて・・・くれ・・・。僕はそんな気分じゃないんだ。」

そして二人の間に少しの距離が開く。僕はそのまま彼女の横を通り過ぎようと歩き出す。

「僕は天秤にかけられるほどの人間なんだな。よく分かったよ。」

僕は俯きながらその一言だけを彼女に告げて帰り道である坂道を下っていく。その時の彼女の表情など僕には見えていなかった。



家に帰ると、僕はすぐに部屋に入る。部屋の明かりを点ける気にもならなかった。そのまま畳に寝転がる。天井を見上げながら僕は深月のことを少し考えた。でもすぐに考えるのをやめた。これ以上考えたって何も変わらないし、そもそも変えたいとも思っていない。だからこの話はこれで終わり。そう、これで終わって欲しい。僕にはこういう経験は確かにない。でも、こんな経験は正直したくないとさえ思っている。僕には人の想いをどうこうする気なんてないのだ。ただ、中途半端な想いならやめて欲しい。ただそれだけのことだが、間違っているのだろうか。僕は分からないと言って想いや気持ちからただ逃げてるだけなのだろうか。だから僕は・・・。僕は・・・。



そんな考えにさらにのめりこむ前に声をかけられた。

「智哉。ちょっといいかい?」

陽介が僕の部屋の前に来て僕を呼んだ。すぐに僕は部屋の扉を開けて陽介を部屋に招き入れようとした。しかし彼は、

「外に出ないか。ここでは話にくい。」

僕はその一言で何の話がしたいのかなんとなく気付いた。少し人の心が分かるようになってきたのだろうかと思いながら、家から外にでる。丁度その時に深月が帰ってきた。

「おかえり。深月。」

陽介はいつもと変わらない笑顔で深月を迎えた。

「あっ、お兄ちゃん・・・。あのね・・・。」

深月は何かを言おうとして後ろの僕に気付き、

「ごめん、また後で話すね・・・。」

そう言って僕の顔を見ずに横を通り過ぎて、家の中へと入っていった。僕はそのまま前に歩き出す。陽介はそんな深月と僕を見ていた。



「どうだい?バイトは慣れたかい?」

いつもの丘。陽介と僕は星空を見上げながら話をしていた。

「なんとか・・・。まだ不慣れな部分はありますが。」

「そうか・・・。」

少しの沈黙の後、陽介はこう言った。

「決めたよ。跡を継ぐことに。」

「えっ?」

僕は驚きを隠せなかった。あれだけ強固なまでに反対していた跡継ぎを夏休みの半分ぐらいのほどに結論を出すとは早計な気もしなくはなかった。でも彼の目は真剣で、希望に満ちているようにも見えた。

「あの人の強制的な態度。それが許せなかっただけだからね。元々後継者になるつもりだったんだ。でもそれは自分で選んだ道だということを示したかった。だから反抗してきたんだよ。」

「そうだったんですか・・・。」

「智哉。君は学校はどうするのかとかは考えたのかい?」

少し考えてはいた。でも少しだけだった。それ以外に考えなきゃいけないことややらなきゃいけないことがあったからだ。これはきっと言い訳なんだろう。

「今の稼ぎとかから考えると、やはり厳しいですね・・・。」

「だろうね。この近隣の公立学校でもそこそこの学費はかかるからね。」

「それでも、皆瀬川の皆さんに迷惑はかけられませんから、自分で何とかするつもりです。一応この辺りで住めそうな家も探してますから。夏が終わる頃にはそっちに移れるようにはしたいですけどね。もう一つバイトをと考えて近くのコンビニの面接も受けてきました。」

「あぁ、この前やけにしっかりした身なりで出かけてたのはそれだったんだね。」

「ええ。」

数日前。僕はこの街に二つしかないコンビニの片方へ面接に行ってきた。それも上手くいけば、来週から働けることになる。

「どうしても頼りたくないのかい?」

「頼りたくないわけではないんです。ただ、このままだと何も変わらない気がしてて。」

「何も変わらない?」

「はい。このままの生活では自分を変えることなどできはしないと・・・。僕は昔のような自分に戻りたくないんです。少しでも生きることに喜びを感じて生きていたい。そう思うようになってて。」

「すごい進歩だね。立ち向かうことに前向きなわけだ。」

「はい。」

こんなことを話すためにここに来たんじゃない。もっと深い・・・多分あのことだろう・・・。さっきの様子からも察することができるような気がしていた。そんなことを思っていると陽介は本題の話を振ってきた。

「それじゃ深月とのことも立ち向かってくれないかい?」

「やはりそこが本題なんですね?」

「ご明察の通りだよ。どうしてそうやって少し距離を置いてるんだい?」

「それは・・・。」

僕は迷っていた。信頼していないわけじゃない。でもこの人は妹想いのいい人だ。だからなおのこと話ができないでいた。どこかで僕の思いが彼女に知られてしまうのではないか。僕が彼女に直接言わなければならないことを彼が代弁してしまうのではないかと少し思っていた。

「やはり、言いにくいかな、深月思いの兄だからね。」

「そこまで分かっているなら、彼女には言わないで頂けますか。」

そう僕は前置きした上で、陽介に事の顛末を話した。深月の急な告白、湯本に殴られたこと、深月と湯本の交際は未だに続いているということ、僕にその気はないということなど今までのこと全てである。しかしそれでも僕のあやふやな想いは伏せておいた。

「そうか・・・それは深月にも責任の一端はあるわけだ。でもそれを君は伝えてもいいんじゃないかな?言葉に出さないと分からないこともあるよ。」

「だと思います。だからどこかで伝えようと思います。」

「うん、その方が彼女のためにもなる。そうしてあげて欲しい。」

陽介は穏やかな口調でそう言った。多分内心は心苦しいだろう。自分の妹の想いを断ち切る手助けをしているようなものだから。でも彼はこれからの彼女を考えているようだった。

「話はそれで終わりだ。帰ろうか、智哉。」

「帰りましょう。」

そして彼と僕は歩き出す。だが、僕は一言思い出して、

「陽介、これだけは言っておくけど。」

「ん?何だい?」

「焦りはしないから伝えるのは遅くなるかもしれないよ。」

そう告げると彼は僕の内心を見透かしたような答えを返した。

「それでいいよ。でもね、順序は間違えないで欲しいかな。」

「うん。分かった。」

自分の中ではっきりしない想い。でも陽介にはそれが見えたのだろうか。僕はその真意を確かめたくもなったが、それはきっと彼にも分からないのだろう。だが、何となくいう感覚は時として当たることがある。もしかしたらという思いを抱きつつ、僕は彼とその丘を下りた。



「おはよう。」

次の日。僕は深月にこちらから自然とあいさつが出来ていた。僕の中で色々と吹っ切れた。だから元の関係に戻れると思っていた。深月は少し驚いた顔をしていたが、すぐに嬉しそうに、

「おはよう、ともや。」

と返してきた。朝食を摂るとすぐにバイトに出る準備をする。すると後ろから、

「ねぇ、今日行ってもいい?」

背中越しに深月が僕に抱きつくような格好になりながら尋ねてきた。

「抱きつくのはやめろ。それに来るも来ないも深月の自由だろ。」

「うん、そうだね。じゃぁ今日は行くね。」

少し後ろめたさを感じながら、元気よく手を振る彼女に手を振りかえしながら僕はいつものバイト先へと向かった。



午前中の仕事が済んで昼食時のことである。

「あのね、昨日のことなんだけど・・・。」

みかささんは僕に昨日の深月とのことを聞きたいようだ。この前もみかささんは僕と深月のことを気にしていた。だから昨日のことは余計気になっているのだろう。

「大丈夫だよ。気にしなくて・・・。」

そう言いかけた僕の体に彼女はもたれかかってきた。僕は咄嗟に彼女を受け止めた。

「どうしたの?大丈夫?」

すると彼女は僕の腕の中で、上目遣いに、

「本当に・・・本当に何もなかったの?だってあの時の二人の顔・・・すごく切なそうだったから。」

と重ねて尋ねてきた。

「何も・・・なかったよ。」

僕は少し鼓動を抑えようと意識しながら彼女にそう答えた。

「そっか・・・智哉くん、私には何も言ってくれないんだね・・・。」

「そんなことないよ。色んな話してるじゃない。」

「でも、分からないよ。智哉くんが何を考えてるのか、何を思ってるのか、分からないよ・・・。この前だって怪我したあの日だって、何があったのか言ってくれなくて。私そんなに信用ないのかなって思って・・・。」

みかささんは言いながら少しづつ涙を流し始めた。僕は驚いて、

「えっ、その・・・。えっと・・・。」

動揺してしまった。彼女は涙を流すのが止まらないようで、少しの間湿った空気が僕たちを包み込んでいた。それが収まる頃に休憩も終わっていた。



「明日、三社祭だけど、みかさと行くのかい?」

正一氏は僕にそう尋ねてきた。隠す必要もないので素直に、

「そうですよ。」

と答えた。すると正一氏は、

「でも、深月さんとは行かないのかい?よく迎えに来てたりしてたのに。」

「彼女には恋人がいるみたいですから。」

僕は事実をそのまま伝えた。そこに何の感情もなかった。ただ淡々と話していた。

「そうかぁ、じゃぁ何で深月さんはよく来てたんだろう?結構私は脈ありかなとも思っていたんだけどねぇ。」

正一氏・・・スルドイ。

「僕には分かりません。」

「まぁいいや。みかさのことよろしく頼んだよ。」

「はい。」

僕はそう返事するしかなかった。そこに含まれる意味とかはなかったのだろうか。僕は後になってそれを考えていた。しかし、深く考えても答えなど出ないので、考えることをやめた。



さて・・・今日は深月が迎えに来ると言っていた。だから僕はバイトが済んでから少し待つことにした。その時が来るまで深月とは普通に関わっていないと僕も言いづらくなるのが嫌だったからだ。

「ともや〜。」

少し遠くから手を振りながら嬉しそうに彼女はやってきた。僕は一応笑顔で迎えた。

「待った?」

「ちょっとね。」

僕の返答に何か不服そうな顔をして、

「ともや、そこは『全然』とか『今終わったところ』とか答えるのが一般的なんだよ。」

「何だその恋人にありきたりな台詞回しは・・・。そんなの期待するなよな。」

「え〜、だってさ〜。」

「帰るぞ。」

僕はこれ以上の展開にならぬように打ち切り、帰ろうと歩を進めた。すると、

「深月、ちょっといいかな?」

僕の後ろからみかささんの声。

「うん、いいよ〜。何か用?」

深月は、みかささんの傍に行く。二人の会話がかすかに聞こえてくる。これは聞こえるように話してるのかもしれない。僕は待つようにしながらも不謹慎にも聞き耳を立てた。

「あのね・・・。深月って、まだ湯本君と付き合ってるんだよね?」

「えっ・・・。う・うん・・・。」

みかささんは単刀直入に深月に尋ねる。深月はバツが悪そうにそれでも正直に答えた。

「いつも気になってたんだけど、智哉くんを迎えに来るのはなぜなの?」

みかささんは核心的な部分を突くような問いを深月に投げかけた。深月はとまどいを隠せないように感じた。みかささんは黙って答えを待っているようだ。

「私ね・・・。そのともやのことが・・・。」

深月は真実をみかささんに伝えようと口を開いた。しかし、みかささんは、その言葉を遮るように言う。

「でも、それって湯本君に悪いと思わないの?私はその気持ちを大切にしたい。でも、それじゃ湯本君にも、智哉くんにも悪いんじゃないの?」

みかささんはまくし立てるように言葉を紡いでいく。

「そんなあやふやな気持ちで智哉くんを惑わせるようなことしないで・・・。」

みかささんのいつもとは違う雰囲気。僕は感情の昂った彼女を見たのは初めてだった。それは真剣で、そして真っ直ぐで、僕はそんな彼女に少し・・・ほんの少し・・・。それ以降、僕は二人の会話が上手く聞き取れず、話が済むのを待つことにした。



「ごめん、待たせちゃって。」

何事もなかったように深月が僕のところへ戻ってきた。僕は何事もなかったかのように、

「何の話してたの?」

と白々しくも聞いていた。

「ん、ちょっとね・・・。」

やはり深月の顔は少し暗い。僕は彼女の顔を明るくしてあげることはできない。



なぜなら僕は———



「深月、僕も話があるんだけど、いいかな。」

僕は切り出すことにした。タイミングが悪いのかもしれない。でも、このままではいけない。それに陽介にもそれは答えは伝えた方がいいと言われている。それが今なのかもしれない。僕の考えるようにことは運ばないなぁなどと思いながら、僕は深月の返答を待った。

「真剣な話だよね。それ。」

深月は察しがついているのだろうか、それともさっきの会話からの流れだからそのように感じているだけなのか。どちらにしろ彼女は僕の話を聞いてくれそうだ。



帰り道の道路で、僕は彼女と向き合う。彼女は少し緊張しているようだった。僕は少しためらったが覚悟を決めて言った。

「僕はやはり、深月と付き合うことは出来ない。ごめん。それと、少し突き放したように接してたことも謝る。つらい思いをさせてほんとうにごめん。」

言ってしまうとあっさりしている。そこには相手のことなど考えていないようにも感じられるぐらいだった。深月は静かに俯く。やはり、言うタイミングを誤ったのかもしれない。僕は話し出すのをじっと待った。するとそれを聞いた彼女の一声は明るかった。

「そっか。そうだよね〜。」

彼女は道路わきのガードレールに手を置いて、僕に背を向ける格好になった。彼女はそうなりたいのだろう。僕は、何も言えなかった。何を言えばいいのか分からなかった。

「ありがとう。」

彼女から返ってきたのはそんな言葉だった。怒りでも悲しみでもない。感謝の言葉————

「私が悪かったのに、ほんとならずっと口聞いてもらえなかったりが当然なのに、ともやは話してくれた。普通に接してくれた。私はそれで十分だよ。今のままの関係が続くなら私、嬉しいから。」

深月はそう言って笑っているが、僕は分かっている。



彼女が人には見せられない顔をして話していることを————



僕がこのタイミングで言ったことは焦りだったのかもしれない。僕はすでに違うところへ心が向き始めていた。今まで素直に認めてこなかった感情。それが少しではあるが向き合おうとしていることを感じ始めていた。



彼女と僕はその後、少し涼しい夏の風を感じていた。そして、

「ともや、帰ろう。」

全てを終えたような清々しい顔をした深月がそう言って僕の手を握る。

「今日ぐらい、わがまま聞いてね。」

その手が僕の手から離れると今度は僕の腕に自分の腕を絡めてきた。僕は素直に受け入れた。

「分かったよ。今日だけだぞ。」

「うん。」

その言葉が無邪気な妹のように屈託のない純粋な声だった。僕は自分の中に罪悪感を感じながら、彼女と肩を寄せ合って、家路をゆっくりと歩いて帰った。名残惜しいかのような速度でゆっくりと————



「ごめん、待った?」

現在午後六時半を三分ほど過ぎた頃。

「いや、全然、今来たところだから。」

みかささんは僕が待つ山のふもとと社がつながる道の前に小走りでやってきた。やはり夏の定番、浴衣姿で僕の目の前にやって来た。走ってきたので少しこけそうになるのを僕が肩を持って支える。

「あっ、ごめん。」

僕はとっさに彼女の肩から手を離す。彼女は少し顔を赤らめながら、

「ううん、ありがとう。」

彼女はすぐに浴衣を軽く確認する。少し手で払ったりしていた。僕はそれを見ながら少し緊張してきた。今まででは考えられないことに戸惑いを感じていたのだろう。そんな様子を知ってか知らないでか彼女は少し不思議そうな顔をして、

「どうしたの?」

なんて聞いてくるから僕の緊張はさらに増してしまうのだった。



「それで、この祭りはこの前話した三つの社の中で上手く仲を取り持ったお姫様の社で行われるの。ここが一番広くて、それに花火が見やすいからここが祭りをするのには持ってこいなんだって。」

社への一本道。ちょうちんが灯る中、僕たちは人の流れに沿って、この山の頂上でもある社へと向かっていた。普通の会話が続く。でも僕は何か普段と違う雰囲気なだけに少し違う話をしてみたかった。そこで話が途切れた時に思い切って、

「その浴衣、すごく似合ってるね。」

と少し褒めてみた。こんなことをしたことが何に触れていいのかすら分からなかったのですぐに話題にしやすい容姿に触れることにしたのだ。

「似合ってる?ほんとに?」

「うん、すごく。」

彼女はすごく嬉しそうに僕の顔を見て、

「ありがとう。」

と返してくれた。そして彼女は続ける。

「これね、実はお母さんのなの。」

「へぇ、お母さんのなんだ。だから似合うんだね。」

僕には何気ない一言だった。しかし、みかささんには深い一言だったようだった。

「やっぱ私、お母さんに似てるのかな・・・。」

「あっ、ごめん、何も気にせずお母さんのことを。」

「ううん、私ね、お母さんのこと知らないけどお父さんもお母さんのこと知ってる人もみんな私はお母さんに似てるって言うんだ。だからそうなのかなって思って。」

そう、彼女のお母さんは彼女を産んですぐに・・・。僕はそこまで気が回らなかったことを少し反省していた。

「智哉くん、気にしなくていいからね。」

「分かった。気にしないよ。」

「私ね、お母さんに会ってみたいの。お父さんとすごく幸せだったんだろうなぁ。」

僕は幸せということが分からなかった。今は確かに幸せだ。でも、家族、信頼できる人との関わりは自分の人生の中では極端に少なかった。だから彼女の言葉が理解しがたいものがあった。だから、聞きたかった。

「みかささん。」

「うん、何?」

「変なこと聞いてもいいかな?」

「うん。」

「本当に二人は幸せだったの?」

「えっ?」

やはり、みかささんは驚いた。すごく失礼な質問であることは分かっている。でも僕は聞きたかった。本当に幸せだったのだろうか。やはり子どもには知られたくないこともあったのではないだろうか。子どもにはいい部分だけ伝えたい。それは普通の親なら当然のことだ。でも、実際はそうでない場合が多い。僕の家はそんなことすらもしてくれなかったが・・・。

「智哉くん。前に、信頼できる家族がいるだけ幸せだって言ってたよね?」

「うん。僕にはそんな家族はいなかったからね。」

「私はね、お父さんは信頼できる人だから、だからお母さんとも幸せだったんだよ。そう思ってる。そう信じてるんだ。」

至極簡単な答え。その通りだ。それ以外に答えはない。信頼できる家族だからこそ、愛してくれる家族だからこそ、その家族が幸せでなかったはずはない。それは僕には分からない世界。理解できない領域だった。

「智哉くん、もし良かったら、良かったらでいいんだけど、私と会う前の智哉くんのこと話してくれないかな?」

彼女は僕にそう言ってくる。しかし、今話せるような話ではない。僕は、

「機会がきたら話すよ。必ず。」

そう言って今は話すのをやめておいた。今は楽しむときだ。それぐらいは僕でも分かる。

「そろそろ着くよ。」

道に入って約十五分、ようやく社のある頂上にたどり着いた。

「へぇ〜すごく大きいんだね。」

社は頂上の中央に堂々と築いてあった。そしてかなりの年月が過ぎた風格を漂わせていた。中央までに沢山の出店が出ている。その雰囲気が夏を感じさせてくれていた。

「行こっ。」

みかささんは僕の手を引いて出店の中に入っていく。僕はそれについて行くのが精一杯だった。出店はどこのお祭りにでもある定番のものが多い。焼きそば、かき氷、金魚すくい、フランクフルト、焼き鳥、綿菓子などである。

「何か食べたいものある?」

とびきりの笑顔で僕に話しかけるみかささん。僕はそれですでに満足だった。

「それじゃぁまずは腹ごしらえしようか。」

「うんっ!」

彼女は焼きそばの所へ並びに行く。僕はその後ろ姿を追いかけてその横に並んだ。彼女は焼きそばのいい香りを楽しんでいるようだった。僕はその横顔を静かに眺めていた。



「おいしいね〜焼きそば。」

僕たちは社の傍にあるベンチに座っておいしく焼きそばを食べていた。その姿は周りから見ると恋人同士のように見えていたかもしれない。すごく幸せな雰囲気が漂っていた。それは当の本人たちにも分かるほどだった。僕はいち早く食べると、

「他に何かほしいものある?買ってくるよ。」

「ちょっと待ってて。一緒に行こうよ。」

彼女は急いで焼きそばを食べようとする。僕は彼女に、

「ゆっくり食べてて。それに場所確保しておいて欲しいからさ。」

「でも・・・。」

「行ってくるから。で、何が欲しい?」

「う〜ん、かき氷かな。」

「何かけてもらう?」

「いちご、お願いします。」

「分かった。いちごね。」

僕はベンチに彼女を残してかき氷の屋台へと向かう。その途中、一人の男に肩が当たってしまう。

「あっ、すいません。」

僕はすぐに謝った。すると違う男が、

「おい、気をつけろ。」

「すいません。」

僕はもう一度謝った。すると、肩が当たってしまった男が、

「おや、君は確か深月の家に居候している・・・確か・・・。あっ、信田くんだったかな?」

なぜか僕のことを知っていた。

「あの・・・どうして僕のことを・・・?」

僕がそう聞いたが向こうは一方的に話をしてきた。

「深月、見なかったか?一緒にいないのか?」

「えっ、あっ、はい。今日は一緒ではないですが・・・。」

「そうか、邪魔したな。」

そう言うと彼は僕の前から去っていく。去り際、僕にいちゃもんをつけてきた男が、肩をぶつけてしまった男に対して、

「ここにはいないんじゃないか、毅。」

と言っていたので、彼は毅という人らしい。僕はどこかで聞いたことのある名前だなと思いながらもそれよりもかき氷へと気持ちが向かっていた。



「遅かったね。何かあったの?」

「ちょっと混んでてね。結構人が多いんだな。」

かき氷を渡しながら僕はみかささんに話していた。彼女はストローでかき氷を少し崩しながら、

「うん、近くの町からも人が来るんだよ。」

「へぇ、だからなんだ。」

僕も返答しながらかき氷と少しばかり格闘する。ある程度すくって食べれるぐらいに崩し終えた時、みかささんは僕に聞いてきた。

「あのね、智哉くん、深月のことどう思う?」

食べていた僕はその質問を受けてびっくりして氷の塊を飲み込んでしまう。冷たい感覚と息苦しさがノドを支配した。同時にすこしむせる。

「大丈夫!?」

みかささんはすぐに僕の背中をさすってくれた。

「うん・・・大丈夫・・・。」

少し変な感覚をノドと鼻に残し、僕は、質問の返答を考えていた。

「やっぱり話にくい・・・かな・・・?」

「いや・・・僕は・・・。」

少し考えて、やはり言おうと思った。そして答える。

「彼女は僕の心の支えにはなってる。僕を確かに救ってくれた恩人だ。でも、好きとかそんな気持ちは持ってない。僕は・・・。」



僕は——————



「そっか。じゃぁ・・・私・・・。」

彼女が全て話終わる前に僕は彼女のことを抱きしめていた。出来そうで出来なかったこと、伝えられそうで伝えられそうになかったこと。それが今一つの行動で全て示された。

「と・ともやくん?」

「みかささん・・・いや、みかさ。僕は君が好きだ。」

「ともや・・・。私も・・・私も好き。最初にあなたを見た時からずっと・・・。」

僕たちはベンチで抱き合っていた。周りの視線など気にもならなかった。完全にこのベンチは二人の世界と化していた。一度僕たちは離れる。その時祝福でもしてくれるかのように花火が上がる。僕たちはその花火を見た。綺麗どころではない。言葉にならないほどの美しさだった。

「ともや・・・。」

気付けばみかさが僕を見つめていた。

「そういえばいつの間にか智哉くんって呼んでたな。」

「うん、だって好きな人の名前だから。」

僕はみかさの頭を撫でてみかさを見つめ返した。花火は後ろで祝宴の音を挙げている。そして、自然と僕たちは・・・。



「大好きだよ、みかさ。」

「私も。大好き。」



花火の灯りの中、僕たちは二度目のキスを交わす。それは、僕にとって初めての心のこもったキスだった。そこに言葉など必要ない。想いは同じ。しかし、焦りはあった。だがものにはタイミングがある。それが焦っての行為だったとしても、その時に合わせることの方が大切だ。僕はそうやって自分を正当化した。



「これでいいんだよね。私たち。」

「うん、これでいいんだ。」



誰かの想いに気付きながらも僕たちは自分たちの想いを貫き通した。



誰にも止められない二人の想い。それが実を結び、そして加速させる。



これが僕の夏だった。これが僕たちの夏だった——————



いつまで抱きあっていたのだろう。気付けば花火は終わっていた。僕たちは笑い合った。そこには僕が知らなかった幸せがあった。僕が今まで求めてきた幸せの一片があった。



「帰ろう。」

僕が立ち上がり、手を差し出した。彼女はその手を取って立ち上がる。

「うん、帰りましょう。」



そしてその手は家に帰るまで離れることはなかった—————

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